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象亀の人を怖れぬガラパゴス

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 夏休みに念願のガラパゴス行きを敢行した。ガラパゴスは銀行時代に常に私の前任者であったO氏が不治の病を得てから単身訪れた島である。好奇心の強さにおいて彼の好敵手であった私としては、彼が冥途への土産に持って行きたいと念じていた絶海の孤島がどんなところか、何としてもこの目で確かめておきたいと思い続けて来たのである。  
 象亀を間近に観て思い浮かんだ標題の句は、高浜虚子が昭和十一年にロンドンで詠んだ名句「雀らも人を怖れぬ国の春」のパロディーである。赤道直下に位置するガラパゴスには四季がないので、季語は入れようがない。また、ガラパゴはスペイン語で亀を意味するので、同義反復となってしまった。「人を怖れぬ」点は共通しているが、状況が少し異なるのは、ロンドンの雀や鳩は人がくれる餌に釣られて集まってくるのに対し、ガラパゴスの象亀は人をまったく無視して、まさに傍若無人、ところ構わず闊歩している。動物に手を触れることは禁止されているので、象亀がやって来ると、人のほうが避けるしかない。ドーム型の甲羅の長さが一メートル以上、体重は二百キロを超える巨大な陸亀が、そこかしこに何者をも憚ることなく、のそのそと歩き廻っている光景は異様としか言いようがない。まさに動物たちの楽園であり、生きとし生ける者の眞の平和がこの島で実現しているとの感を深くした。小山のような象亀を身近に観ることができただけでも、往復六〇時間も掛けてはるばるこの島へやってきた甲斐があった。
 この度訪れたサンタクルス島には、約三千頭の象亀が生息、ガラパゴス諸島全体では約一万五千頭が保護されている。十七世紀から捕鯨船の基地となって乱獲が続き、今世紀初には絶滅が危惧されたが、奇跡的に生き残ったものである。象亀は卵や子亀の段階で他の野生動物に食べられてしまうケースが多いが、三年間生き延びると、二百歳近くまで長生きする。現に、一八三五年にダーウインが持ち帰った象亀が、つい最近ブリスベーンの動物園で一七五歳の天寿を全うしたと報じられている。
 この象亀をはじめ、世界中でガラパゴス諸島以外には生息しない固有種の陸と海のイグアナ、アシカ、胸が真紅の軍艦鳥、足先が青いアオアシカツオドリ、ダーウイン・フィンチなどの鳥類などを遠くからではなく、身近に観察できるのが、ガラパゴス観光の醍醐味である。全島の動植物のうち七〇%がこの島だけに生存する固有種と言われているが、それらが見事に保護され、絶滅寸前の種の再生が行なわれているのは素晴らしい。

 ガラパゴスを訪れてまず驚いたのは、島が大きいことであった。南米エクアドルの海岸から赤道沿いに真西に一千キロ、太平洋に浮かぶ小島かと思っていたが、十六の主要な島と多数の岩礁を合わせた総面積は七、八八二平方キロ、ハワイ諸島や四国の半分くらいの大きさで、海抜一、七〇七メートルの火山もある。これだけ大きな島が一、五三五年に発見されて以来、三百年以上の間、まったく無人のまま放置され、移住する人がいなかったのは不思議である。その理由は、全島が二〇〇万年から五〇〇万年前に海底火山が噴火して形成されたが、その溶岩が玄武岩質で透過性がよいために川はなく、飲料水が得られなかったことによる。井戸を掘っても海水より塩分の濃い水が出てくるだけである。年間八〇ミリから六〇〇ミリの雨も一月から四月の間以外にはほとんど降らず、それもすぐに溶岩に吸い込まれてしまうため、今でも飲料水は全量を輸入している。
 もう一つの驚きは、赤道直下にもかかわらず、空気は乾燥していて、涼風が吹き、暑くないことであった。事実、年間の平均気温は二三・七度と低く、八・九月は太陽が北へ移るので、一五度くらいまで気温が下がる。これは、南米大陸に沿って南極から北上してくるフンボルト海流という寒流がペルー付近で西へ方向を変えて、この島に達しているためである。それでも、さすがに太陽の直射日光は厳しく、暑くはないのに肌は真っ赤に焦げてしまった。

 ダ-ウインの進化論発想の原点となったこの島を人類の自然遺産として保護し、観光資源として活用しようというエコツーリズムが動き出したのは、さして古いことではない。一九三四年に、エクアドル政府はガラパゴス諸島を動物保護区に指定したが、逆にその頃からサンタクルス島での農地開拓や牛などの放牧が始まって、自然破壊が進んだ。人が住めば、動物の捕獲禁止が徹底されたとしても、野生化した山羊や犬などが象亀の卵を食べ荒し、イグアナなどなどを脅かし続けることに変わりはなかった。ようやく、一九五七年に至って、ユネスコから派遣された調査団の報告に基づいて国際動物学会が動き出し、特定動物の捕獲禁止だけではなく、自然環境を含めた自然界全体を保護すべきと主張、そのための研究所の創設が提言された。ダーウインが「種の起源」を刊行してから一〇〇周年に当たる一九五九年に国際的なNGO・NPOである「ダーウイン財団」がブラッセルに設立されて、その五年後にサンタクルス島の南端に「チャールズ・ダーウイン研究所」が完成した。この研究所は、現在では二百名規模の研究者などを世界各国から集めて、象亀増殖活動をはじめとする自然環境の復元・保護育成に加えて、地球上の生命とその進化についての極めて重要な研究活動を展開している。一九七四年には、エクアドル政府によりガラパゴスの陸地面積の九七%が国立公園に指定され、人の居住や観光開発は残りの三%かつ四島に限定された。さらに、一九九八年には、「ガラパゴス特別法」が制定されて、群島の沖合四〇海里が海洋保護区となっている。
 
 このような自然保護活動が評価されて、一九七八年には、ユネスコによりガラパゴス諸島は「世界自然遺産第一号」に指定された。この島への交通手段はかつては海路に限られ、グアヤキル港から船旅で二日を要したが、一九七〇年に空路が開け、七五年にはサンタクルス島北端の空港から南端のアヨラ港までの縦貫道路が完成、八〇年にはジェット機が就航した。その後も、陸上では生活できないので、ガラパゴス観光はアヨラ港を起点に百人程度収容の観光船でいくつかの島々を廻り、二十人くらいのグループでゴム・ボートに分乗して上陸、動植物生態観察の後、夜は船内に宿泊するスタイルが主体であった。
 ところが、一九七八年には、第一号のホテルが開業、現在では超豪華なリゾート・ホテルから簡易ホテルまで十軒以上が営業している。今回宿泊した「フィンチ・ベイ・ホテル」は、街から隔絶されて太平洋を眺望する海浜に建てられたロッジ風のホテルであった。空港到着時から出発まで、手荷物の運搬・通関もすべてやってくれるという徹底したサービスぶりにも感激した。陸上のホテル宿泊には活動範囲が若干狭くなる難点はあるものの、八・九月の太平洋は荒れて波が高く、船酔いに弱い私には極めてありがたい選択肢であった。少人数のグループに分けて、ナチュラリストと呼ばれる専門性の高いガイドが詳細に案内してくれる体験ツアーの質も高く、感動的であった。
 ガラパゴスでは、このようにさして苦労することもなく、地球上からほぼ失われてしまった原始の自然への回帰を体験でき、人を怖れない動物たちと接することができる。このように高度なエコツーリズムを創りあげたのは、自然保護を制度的に確立した立案が優れており、その後の管理運営も効果的に行なわれてきたからであろう。その成果として、ガラパゴス・ツアーの評判は世界中に広まり、一九九六年の観光客数は年間六万人を超え、昨年には十二万人に達した。つれて、一九五〇年には千三百人であった全島の人口が昨年には二万人を超え、その八〇%が観光産業に従事している。ガラパゴスは今や自然観察だけではなく、スキューバ・ダイビングのメッカとしても若者の人気を集め、リゾート化しつつある。

 ダーウインは、この島でウミイグアナとリクイグアナをつぶさに観察し、この二つの種はもともと南米大陸にいたイグアナが流木に乗ってガラパゴスに流れ着き、やがて、サボテンを食べるリクイグアナと海草を食べるウミイグアナに種分化したものと考えた。イグアナはトカゲの仲間なので、海に入るのは珍しく、海に入るようになってからそれほど長い地質学的時間は経過していないのではないかとも考えた。この島では海浜で他の動物に遭遇したウミイグアナが水中へ逃げるのではなく、藪の中に走りこんで身を隠そうとする習性を持っていることを鋭く観察した結果、この推測に達したのである。このようにして、流木などの天然の筏に乗って島に漂着した生物は、もはや出身地の同胞と交わることはなく、新天地に孤立した個体群を作り、独自の進化を遂げ、固有の属にまで進化を遂げたのであろうとダーウインは考えた。幸いガラパゴスに肉食動物は渡って来なかったので、強者は弱者を食い尽くすということはなく、環境に適応しなかった生物がまさに自然に淘汰されたのである。ガラパゴスは、この経過がよく分かる世界でも稀な地域であった。この考察が、生物の種は不変ではなく、自然淘汰によって進化するとの新説の出発点となったのである。
 この旅行中に、一九八五年にベストセラーとなった米国人のSF作家カート・ヴォネガット著の長編空想小説「ガラパゴスの箱舟」を読んだ。この小説は「進化論」を下敷きにしている。まず、エイズより遥かに強力な女性の生殖能力を完全に奪うウイルスが蔓延して、いずれ人類の淘汰が始まり、百万年後には地球上の人類が一人残らず絶滅する。ところが、エクアドルで勃発した革命騒ぎから観光船に乗ってガラパゴス諸島の一孤島に脱出した十二人だけが、外の世界から隔絶されていたがために、このウイルスに感染せず、その子孫が生き延びて人類の再興に乗り出すという荒唐無稽なストーリーである。この十二人の中には、「アキコ」という名の日本人女性も一人含まれている。ガラパゴスはこんな空想小説が絵空事ではないと、しばし感じさせるような不思議な魅惑の島であった。

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