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京の味、にしんそば


   顔見せや 芝居帰りに にしんそば  

   祇園会に 舌もとろける にしんそば 

 「詠み人識らず」のこの二句が、四季を通じて京の味として親しまれている松葉のにしんそばの人気を語り尽くしている。松葉は南座の西隣りに建っているので、中村扇雀さんをはじめ歌舞伎役者の常連客が多いようであるが、私も学生時代から時折訪れ、今でも京都で時間があれば、立ち寄りたいところの筆頭である。尾張屋や田毎のそばも素晴らしいが、にしんそばとなると、やはり元祖松葉のにしんが、大きくて分厚いうえに、とろけるように柔らかい。そばとだしの風合いが、にしんとえもいわれぬ調和をしていて、最高に美味い。 

 昭和28年に入学した頃の京大では、宇治にあった分校で教養課程の授業が行われ、我々京都在住者は三条から京阪電車に乗っての通学を余儀なくされた。授業には余り出なくても単位は頂けたので、宇治は早々に引き揚げて映画を観たり、アイススケート・リンクやダンス・ホールで過ごしたりすべく、京阪四条の駅を降りると、そこに「にしんそばの松葉」があった。学生食堂のきつねうどんが10円位のとき、松葉のにしんそばは100円以上で、お小遣いをアルバイトで稼いでいた貧乏学生には大変贅沢なそばであったと、おぼろげながら記憶している。 

 松葉のにしんそばは明治15年に二代目当主の独創で誕生した京料理で、味は今でも当時と全く変わっていない由。にしんの調理は大変手間のかかるもので、捕獲後、半年位かけて六分干しにした「身欠きにしん」を、骨もそのまま食べられるように柔らかくなるまで、4時間程かけてじっくりと煮た後、醤油、味醂、砂糖での味付けに丸一日かけ、さらに一日冷やしておくのだそうである。この煮込み方に松葉の秘伝があるらしい。にしんは昔は北海道西岸で獲れたものを用いていたが、昭和30年以降、にしんが北海道の沿岸から忽然として姿を消したため、松葉では現在全量をカナダから買い付けている。にしんが日本海からオホーツク海へ移ってしまったのは、餌としていたほんだわら(神馬藻)という海草が昆布と一緒に乱獲されたのが原因ともいわれている。ただ、生息地が北へ移っただけで、にしん自体は昔も今も同じものであろう。 

 話は変わるが、このところ毎年10月になると旧知のオランダ銀行国際部門トップのロストオネス氏から、同行東京支店主催の「ヘリング・アンド・ジェネバ・パーティー」にお招きを受けている。このパーティーはオランダのレイデン市で毎年10月3日を中心に繰り広げられる同名のお祭りに由来しており、メイン・ディッシュはまさにその日にオランダから空輸された生のヘリング、つまり日本でいうにしんである。レイデン市は約400年前のこの日にスペインの圧政から解放されるまで、占領下では食べるものにも不自由し、もともとは肉が主食であったオランダ人も当時、北海沿岸で豊富に獲れたヘリングを生のままで食べるしかなかった。この苦難を忘れないように毎年この頃になると、生のヘリングを食べながら、ジェネバと呼ばれる地酒のジンを飲んで踊り明かすのだそうだ。 

 それにしても、刺身好きの日本人がにしんは一旦干物にしてから食べ、魚を生で食べる習慣のないオランダ人がにしんだけは生で食べるという対比は、実に不思議である。もっとも、生のにしんは透き通った感じの白身で、レモンをちょっと絞ると臭みも消えて、結構美味である。ただ、オランダ人が普段、オープン・サンドイッチとして食べる生のヘリングと硬い黒パンとの取り合せは、いかにもちぐはぐで頂けない。そこで、この日本のパーティーで生のにしんを茶そばと一緒に食してみたところ、どちらも柔らかい感触で妙にしっくりと合うことを発見した。にしんは生でも干したものでも、そばとの相性が本来よいのではなかろうか。ひょっとすると、この「生にしん茶そば」は「京のにしんそば」に匹敵する新メニューとして売り出せるのかも知れない。

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 (1998年1月発行「新そば」誌に掲出)

 

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