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<投資教室>今こそ規制改革に火を再び

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 『私たちは今、長い衰退のトンネルの中にいる。90年代初頭のバブル崩壊から約20年、日本の経済は低迷を続けている。成長度合いでは、アジア各国、アメリカをはじめ欧米諸国にも大きく遅れをとった。経済は閉塞感に見舞われ、国民はかつての自信を失い、将来への漠たる不安に萎縮している。国全体が輝きを失いつつある。(中略)

 失敗の本質は何か。それは政治のリーダーシップ、実行カの欠如だ。過去10年間だけでも、旧政権において1O本を優に越える「戦略」が世に送り出され、実行されないままに葬り去られてきた。その一方で、政官業の癒着構造の中で、対症療法的な対策が続いてきた。

 今、最も必要なのは、日本の将来ビジョンを明確に国民に示した上で国民的合意を形成し、その目標に向かって政策を推し進めることのできる政治的リーダーシップだ。1OO年に一度といわれる経済危機の中で、国民は旧来の「しがらみ」を脱ぎ捨て、自らの投票行動で民主党政権を選んだ。新政権の誕生は、国民のための経済の実現に向けて舵を切る、100年に一度のチャンスである。』

 これは、一昨年12月に政府が「新成長峨略」として打ち出した諸施策の基本となる現状認識と新需要創造に向けてのリーダーシップ宣言であり、正鵠を得ている。

 日本経済の低迷振りを一人当りGDP(購買力平価による米ドル換算、2010年)で見ると、日本は33.8千ドルと、IMF統計による先進国34ヵ国中21位にまで下がり、シンガポール56.5千ドル、香港45.7千ドル、オーストラリア39.6千ドル、台湾35.2千ドルの後塵を拝している。先進34カ国平均との対比でも、下図に示したとおり日本が平均値を上回っていたのは1990年から96年までの7年間のみで、その後は平均値を大きく下回っている。IMFはこの下方格差の拡大が続くものと予測している。

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 菅総理が掲げた「強い経済、強い財政、強い社会保障」といった欲張った目標を一体的に実現するためには、いかなるプロセスで、いかなる優先順位で、いかなる課題を解決していくべきであろうか。菅総理は、まず「強い社会保障」をまず作る必要があるという立場で、まず「税と社会保障の一体改革」で消費税率を引上げるべきとの方針を鮮明に打ち出した。消費費税率引上げによる財源を、高齢者中心の社会保障拡大・充実に振り向けるとすると、財政健全化や経済成長には結びつかない。

 過去10年間年平均2.8%と日本の2倍のペースで実質GDPを伸ばし、一人当りGDP38.0千ドル(2010年)を実現したスウェーデンが採ってきた政策は、高福祉や社会保障は、「強い経済」すなわち高い労働生産性や国際競争力の果実としての高成長が実現できて初めて持続可能になるという考え方に立脚している。優先順位は、「強い社会保障」や「強い財政」ではなく、まず「強い経済」を作ることにある。

 「強い経済」を作るためにスウェーデンが基本としてきた政策は、規制改革によるビジネス・インフラの競争力強化とイノベーションの促進である。スウェーデンは労働者の再教育とIT基盤の整備を梃子として、新規起業の奨励と非効率企業の淘汰とを通じ、産業構成を大きく変換してきた。社会保障はそのために必要なインフラとの考え方が基本で、失業保障や労働者の再教育、子育て支援などに過半が使われ、高齢者向けは5割以下となっている。こうしたスウェーデンの魅力に世界中からヒト、モノ、カネが引きつけられて、外国からの投資も盛んである。

 日本が学ぶべきことは、参入規制を大幅に撤廃し、ビジネス・コストを徹底的に引下げることである。これをやらないと、日本のグローバル企業もますます海外シフトを加速させざるを得ない。

 深尾京司一橋大学教授の研究「日本経済再生の原動力を求めて」によれば、雇用創出の原動力は、サービス産業を中心とした成長産業における若い独立系企業や外資系企業である。要するに、雇用創出の決定要因として企業の年齢が若いことが決定的に重要である。通信・金融・その他サービスといった産業では、若い企業の雇用シェアが高い。したがって、農業・医療・介護・エネルギーといった既得権益保護一辺倒の産業分野で、規制緩和、ことに安全性担保に名をかりた新規参入規制を撤廃する政策で、若い優良企業が成長できるような環境を作ることが必須である。

 「いま、農家の大半は兼業でしよう。農業をやっているのは、じいちゃん・ばあちゃん・おかあちゃんで、一家の大黒柱のご主人は、みな外に働きに出ている。農家の家計を支えているのは、工場やわれわれの会杜に働きに来ている大黒柱ですよ。

 でも、日本がFTAに躊躇していると、われわれ中小企業は韓国など他のアジアの国々の企業に国際競争力で大きく水をあけられ、倒産に追い込まれる。潰れなくとも、中国などに海外移転して、安い労働力を活用して生き残りをはかるしかなくなる。そうなれば、家計を支える大黒柱の収入も入ってこなくなり、政府から戸別所得補償をもらっても農家の実質的な収入は減り、FTAに加わった場合より、むしろ、農家の疲弊につながりかねません。どうして、こんな簡単な道理を中央では分かっていただけないのか、不想議です」(古賀茂明著「日本中枢の崩壊」p121より引用)

 「FTAに参加して農産物の関税を全廃されれば、農家は大損を蒙り、輸出産業は中小でも恩恵に浴する」といった議論がまことしやかに行なわれているが、古賀氏によれば、農家の7割を占める兼業農家は民主党の戸別所得補償政策によって職を失い、却って損をするのが、現実である。彼らを雇用している中小企業経営者は「なぜ、農家だけを助け、中小企業の利益は考えないのか」と憤っている。彼らは、身勝手で不服を洩らしているわけでない。兼業農家の保護政策が間違っているのである。

 菅政権の後に、どのような首相が誕生するにせよ、今こそあらゆる産業分野について新規参入規制を撤廃し、震災特区のような規制緩和は直ちに恒久的に全国に拡大するといった抜本策を講じて、活力のある経済再生に取り組んでもらいたい。

日本個人投資家協会理事 岡部陽二)

(2011年8月15日発行、日本個人投資家協会月刊誌「きらめき」所収)

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