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コロナ禍下で露呈した医療の「責任不在」と「非効率」、その修復に向けて

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 前号・前々号では新型コロナの重症患者を入院治療する病院の体制を見てきたが、発症当初の受診窓口となり、軽症者の治療を担うクリニック(歯科などを除く一般診療所)の医療提供体制は、病院以上に集約化の機運すらなく、まさに"非効率"の塊となっている。ようやく、緒についた「かかりつけ医」制度とその前提となる一般クリニック集約化の重要性について考察したい。



「発熱外来」指定による受診クリニックの制約に問題 

 発熱患者のうち、インフルエンザと新型コロナウイルス感染症については都道府県の指定を受けた指定医療機関が「発熱診療等医療機関」(発熱外来)として診療することになっている。

 補助金の交付というメリットを付けて、一定の施設・機能要件を備えたクリニックが申請をして認可を得る方式である。

 しかし連日の報道のとおり、指定医療機関の発熱外来には患者が押し寄せてパンク状態となっている。発熱外来は、2020年末には25,000施設、2022年8月には40,000施設近くに増えたが、全国で100,000施設を超えるクリニック総数の4割にも満たない。

 残り6割のクリニックで対応すれば医療崩壊が避けられるであろうことは自明だが、「特定の指定医療機関で対応すべきとされている1類・2類感染症等感染症」を一般のクリニックに診療させる強制力はない。すべてのクリニックが対応しても処理できないような大量感染が起こった緊急時の制度であるのに、考えられない杜撰な建付けである。

 内科医を標榜している開業医は60,000人はいる。少なくとも内科医クリニックのすべてが新型コロナ患者を受け入れれば、ウイズコロナ社会に相応しい安心・安全な体制になる。

 そもそも、厚労省が新型コロナを、2類相当の感染症と決定した判断に問題がある。発生当初はともかく、ワクチンや治療薬が整った2021年には、季節性インフルエンザ同様の5類として、すべてのクリニックの一般外来で受診できるようにすべきであった。ようやく本年7月末に至って分類の見直しに着手したが、あまりにも動きが鈍い。

 医師法第19条1項で、「診療に従事する医師は、診療治療の求めがあった場合には、正当な理由がなければ、これを拒んではならない」と規定されている。これは、医療行為を医師が独占的に行う権利の代償として課された公法上の義務と解されている。ただし、「1類・2類感染症等特定の医療機関で対応すべきとされている感染症に罹患している患者等を受け入れないのは、正当な理由に該当し、この限りでない」と解釈されている。

 法令上の扱いはそのとおりであろうが、パンデミックのような非常時であっても、一般外来のクリニックが新型コロナ患者を拒否できるというという制度には、釈然としないものがある。医師が一人もいない保健所を介して受け入れ医療機関を決めるのは、患者無視と言わざるを得ない。このようなまどろっこしい手間のかかる制度を採用している国は日本以外には見当たらない。



かかりつけ医(GP)制度の導入が先進国の潮流

 新型コロナ禍では発熱患者を拒む内科系のクリニックが続出し、医療へのアクセスが閉ざされて自宅で死亡する患者も相次いだ。患者がどのクリニックでも自由に選べる現行制度では、クリニックは地域住民の医療に責任を負うことがない。このフリーアクセスという医療の仕組みが内包する医療の「責任不在」の咎がコロナ禍下で露呈したのである。

 このような無責任体制に起因する医療逼迫の解決策として、にわかに「かかりつけ医」機能の充実が必要といった議論が噴出し、本年6月に岸田政権の医療保障見直し政策の骨太方針には「かかりつけ医機能が発揮される制度整備を行う」と明記された。

 財務省は「かかりつけ医」の役割を担う能力があるクリニックを認定し、患者の登録を義務付ける制度の導入を求めている。メディアや学識者からも、英国のGP制度(General Practitioner、一般医)を範とした家庭医の制度導入を主張する声が高まっている。

 「患者のフリーアクセス」は「医療の責任不在」の裏返しであり、加入が義務化されている医療保険の理念とも相容れない。この結果、コロナ禍下では、フリーアクセスどころか、医療にまったくアクセスできないケースが多発した。

 高齢化のさらなる進展や新たな感染症、大規模災害の多発などを考えたとき、少なくとも高齢者については、担当医をあらかじめ決めておいて、地域のクリニックがすべての初期医療に責任を持つ医療体制の構築が必要ではなかろうか。 

 英国などで制度化されたGPとして知られる「かかりつけ医」制度が確立されれば、1人の医師が特定の患者を継続的・全人的に診るので、医療の質が向上し、患者・家族の安心感が増す。GPは平均5,000人程度の登録患者数に応じて月定額の報酬を受取るのでクリニックの経営も安定する。収入を稼ごうとして外来患者を数多く診たり、検査を頻繁に行う必要はない。しかも、英国のGPは5年更新制が導入され、GPは常に最新の幅広い医学知識を習得することが制度化された。

 日本でもこのGP制度を範とした「かかりつけ医」の導入が1980年代から議論はされてきたが、GPの要である登録制・人頭払いがクリニック間の競争を激化させ開業医の受診減、収入減に繋がるとして、日本医師会が真っ向から導入に反対し、頓挫したまま現在に至っている。

 「かかりつけ医」制度化への反対論は、クリニックの自由開設、フリーアクセスと出来高払いを残したまま、かかりつけ医機能を強化するだけで事足れりという主張であるが、それは100%論理矛盾である。言葉は悪いが、手間ひまが掛かる感染症患者はいらない、責任は持ちたくない、診やすい患者と収入だけほしいと聞こえてしまう。コロナ禍下での医療逼迫はその矛盾が赤裸々に露呈したものである。



「かかりつけ医」制度化の前提として、クリニックの集約化が急務

 「かかりつけ医」の制度化は不可避であるが、その前提として、病院同様にクリニックの集約化を行政主導で進め、外来医療の効率化に一歩を踏み出すことが急務である。

 なぜなら、日本のクリニックは生産性の低さ・非効率ぶりが度を越えているからである。GP先進国である英国やオーストラリアとクリニックの施設数を比較すると、その論拠がはっきりとわかる。(表1)

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 このように小規模クリニックが乱立していては、新型コロナのようなパンデミックには到底対応できない。



英国ではGP体制が有効に機能して、新型コロナの大量感染に対応

 英国やオーストラリアなど先進諸国では病院とクリニックの機能分担が明確で、病院は入院治療のみ(救急は受け入れる)、クリニックは外来診療のみを担当しているが、日本は病院が外来機能をも備えているので、外来数を比較するには病院外来もクリニックに加える要がある。ただ、病院医師は入院・外来混然一体で担当しており、分別統計もないので、推定値を用いるしかない。

 表1から明らかな事実は、① 同一人口比で見て、日本のクリニック数は英国の4倍、国土面積が日本の21倍と広いオーストラリアの2.5倍と多い、② 1クリニック当たりの常勤医師数は、両国の1/3ないしは1/4程度と少ない、の2点である。

 この非効率の結果、患者の外来受診回数は両国の2倍にもなる。

 英国ではピーク時には1日に6万人を超える新規の新型コロナ感染者が出ていた。初期段階では若干の逼迫感はあったものの、GPシステムが有効に機能して、医療崩壊の危機といった報道は見られなかった。もっとも、英国でもGPの仕事のやり方は、対面から電話やビデオによる遠隔診療に大きく移行し、患者は感染の可能性のある場所へは来なくても済むように、安全確保が優先された。

 英国には日本の保健所のような組織はなく、地域のトリアージ、ゲートキーピングをすべてGPが担当して遠隔で患者を管理し、入院が必要な患者は病院へ繋いだ。英国のGPは平常時から患者振り分けの専門家であり、重症者のみを病院へ移送する機能分担が、新型コロナ患者についても効率的に行われた。クリニックと病院の機能的な役割分担による継ぎ目のないスムーズな医療の「統合」が、患者の利便性・満足度を高める重要なポイントとなっている。

 英国のGPは基本的にはそれぞれ独立した個人営業者であるが、ブレア政権による改革によって約50のGPクリニックをグループ化したPrimary Care Trustsへ移行、英国の公的保健医療制度NHS傘下で組織化されており、統計整備などの準公務員的な仕事も担当している。

 GP一人あたりの患者数は平均約1,000人(表1,GP;64,900人、総人口;6,850万人)。ただ、都市部では患者数が多く、地方では少ない。都市部では1つのGPクリニックに5~10名ほどの医師が常勤、緊急時には24時間対応ができる。また、手間ひまの掛かる貧困者が多い地域では追加補助金が支給されて、登録リストに載せる患者数を減らすこともできる。

 また、英国では医師の医療行為を分担できる専門看護師ナース・プラクティショナー(Nurse Practitioner)が多く、これがGPクリニックを支えている。



民間中心のオーストラリアでもGP制度はきわめて有効に機能、先進国は追随

 オーストラリアでも家庭医GP制度が確立している。オーストラリアはNHSのような国営システムはとっておらず民間医療機関が中心であるが、GP制度の骨格は基本的には英国型のシステムに倣っている。

 オーストラリアの政策当局は医療システムをうまく機能させるためには、公的病院と民間病院、公的保険と民間保険の混合方式が適していると考え、財源面・医療サービス面での民間部門の充実を図ってきた。専門医クリニックもあるが、病院・専門医の受診は家庭医GPクリニックからの紹介状が必要である。

 GPクリニック医は英国同様に人口千人あたり平均1人で、1クリニックに5名程度のGP医が常勤している。さらにGPクリニックに経営アドバイス、共同購買、ITシステムの共同開発サービスなどを提供するサービス・プロバイダーが3社あり、地域を超えて連携するグループ化が進んでいる。

 また、オーストラリアは多民族国家を標榜、医療機関は16言語への対応が義務付けられており、シドニーには日本語で相談できるGP医クリニックが数軒ある。

 英国やオーストラリアの成功例に見習って、国の医療制度としてGP医制度を導入する先進国が急速に増えている。ドイツでは2004年に「家庭医制度」、フランスでは2007年に「主治医制度」が導入された。患者は、まず自分が選択した医師を受診し、必要に応じ、他の専門医や病院への紹介を受ける。両国とも、患者の制度への参加は任意であるが、制度に従う場合には、医療保険の自己負担が軽減される。

 両国とも、制度を担う医師の役割や責任は法律や協約で明確に規定されており、登録患者数に応じた報酬を受け取る。現在、両国とも国民の9割以上が制度に参加。この制度導入による医療費抑止効果は確認されていないものの、慢性疾患のコントロールや薬剤服用の適正化など医療の質向上という効果は明らかにされている。



病院の外来診療廃止とクリニックの大型化が必須

 病院が救急患者以外の外来診療を併営している国は先進国では日本以外に見当たらない。専門性の高い入院治療と一般的な外来治療を分離することが、医療全体の効率化と質の向上に繋がるのは自明の理であって、医療界の常識であり、病院勤務医の多くもそれを望んでいる。

 厚労省も病院の入院特化の方向に政策の舵を切り、紹介状なしの大病院外来初診料を5,000円の定額とするなどの手は打ってはいるが、実効は上がっていない。分離を徹底するには、病院での外来診療は原則不可とし、例外的に認めるとしても、全額自己負担とすべきである。

 いっぽう、一般医療を担うクリニックの大多数が常勤医1人でかつ高齢化が進んでいるのも、日本に特異な医療体制である。常勤医1人では、新型コロナのような感染症への対応に必要な隔離診療や遠隔診療の実施は困難である。

 筆者自宅近くの駅前には2階フロアーに内科、整形外科、耳鼻科など5つのクリニックが入居しているビルがある。発熱外来はない。5クリニックとも常勤医は1人で、それぞれ最低看護師2名、事務職2名以上を抱えている。5クリニックの繁閑の差も大きいので、これを1つの医療法人に集約して一体運営すれば、かなりの人員削減ができて、クリニックの収益増にもなり、かつ発熱外来への対応なども迅速にできるのではなかろうか。

 効率無視で診療科目別に自由開業が認められているクリニックの総数が、コンビニや郵便局の軒数よりも多いというのは、どう考えてもおかしい。開業医の既得権益擁護のみに軸足を置いてきた地域医療政策の怠慢と断ぜざるを得ない。



都道府県の地域医療計画でクリニック数と規模の適正配置を決定すべき

 日本でもようやく英国やオーストラリアを範とした「かかりつけ医」制度導入の機運が出てきたのは評価できるが、この制度の導入と同時に、地域ごとに必要とされるクリニックの規模と施設数を定め、これに適合したクリニックのみを医療保険指定医として認める政策を進める要がある。

 人口の年齢構成にもよるが、都市部では人口1万人に2クリニック、1クリニックにかかりつけ医5人程度の常勤とするのが望ましい。

 福島県立医科大学の葛西龍樹教授によれば、人口3千人強の北海道寿都町と更別村には、それぞれ常勤医4名(うち2名は家庭医専門コースで資格を取得)のクリニックがある。その結果、更別村の住民一人当たりの医療費は北海道内で2番目に低くなった。(2022年7月14日付け、日経新聞「かかりつけ医制度化の論点②」) 日本全国がこのような形での家庭医中心の複数医常勤のクリニックで覆われるようになる日を待ち望みたい。

 あるべき「かかりつけ医」機能は、専門のトレーニングを受けた質の高い総合家庭医が複数常勤し、保健所の機能も兼ね備えて看護師など多職種で連携して地域で必要とされるすべての外来医療を担うシステムである。

 個人開業医は①専門領域別の自由開業制、②フリーアクセス、③出来高払いといった現行制度の既得権益に固執するエゴを捨てて、患者中心での外来医療の本来あるべき姿を考え直していただきたい。医師1人のクリニックでは、隔離診療室を設けたり、遠隔診断や訪問診療を行うのは物理的に困難であり、新型コロナのようなパンデミック感染症には到底対応できない。

 専門分野ごとに細分化された多数の1人医クリニックは廃し、複数のかかりつけ医が常勤するクリニック体制への早急な移行を少なくとも医療保険適用の必須条件として法制化するのが先決である。

(日本個人投資家協会 監事 岡部陽二)

(2022年9月1日発行、日本個人投資家協会機関紙「ジャイコミ」2022年9月号「投資の羅針盤」所収)













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