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すべての個人投資家に手の届く株価の実現を

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最近は米国株投資ばやりであるが、はじめて米国株を買った人から聞かれるのが「買いやすくて驚いた」という感想である。

日本では、ETFや投資信託を除いて好きな銘柄を買おうとするとまとまった金額が必要である。というのも日本の上場企業の株式売買単位は100株と決められていて、1株だけ買うということができない。これは日本独自の単元株制度の所為である。本来1株しか持たない株主にも株主権を全て認めるべきところを、経済合理性の面から「単元未満」の株主には株主総会議決権などの権利を制限できるようにした(商法189)結果である。

つまり、1株しかもっていない人を株主にすると企業が負担するコストが高くなってしまうため、売買単位を100株にまとめてしまおうという企業寄りの制度設計の弊害である。

そんななか本年9月末、トヨタ自動車は1株を5株に分割すると発表した。同社株の分割は1991年以来30年ぶり。トヨタ株投資に必要な金額は100万円強から20万円強に下がって、庶民に手の届く手ごろな価格となった。

トヨタは国内企業で時価総額がトップであるが、株主数では15位。かねてから東証は「個人投資家が投資しやすい環境を整備するために、投資単位は5万円以上50万円未満とすることが望ましい」としており、今回の分割はようやく東証の要請に応えたものである。長期間保有して株価を支える個人投資家を増やす狙いがあることは明らかであり、諸手を挙げて歓迎したい。

筆者は運転免許を返上、衣料品はユニクロを愛用しており、ファーストリテイリング株を購入したいと考えたこともあるが、最低7百万円を要するので手が出ない。

東証が企業に要請している「5万円以上50万円未満」の投資単位はどうして守られないのか。トヨタの動きが引き金となって事態が好転するのか。検証してみたい。



1取引単位の値がさ日本株は異常に高額

1取引の単位は日本株100株、米国株は1株である。これにより、時価総額上位15銘柄の有力銘柄1取引単位を購入するのに必要な額は、日本株の場合最高約7百万円、米国株は最高約40万円。20倍近い開きである。

50万円で購入できる時価総額上位15銘柄はといえば、日本株はトヨタを含め5銘柄に過ぎない。これに対し、米国株では15銘柄すべてが購入できる。(表1

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最近は個人株主を増やしたいという企業が株主優待を盛んに行なっているが、まずは株主優待よりも投資の入り口のハードルを低くすることが重要であり、その第一歩は「投資単位の適正化」である。

また、「貯蓄から投資へ」を標榜しながら、このような値がさ株が跋扈している状況を放置して拱手傍観している金融庁や日本取引所(東証)の罪も大きい。



「売買単位の統一」へ向けての努力義務はすでに達成しているが...

東証は上場企業に対して、9項目の事項を努力義務として課している(有価証券上場規程)。株券に関するものは次の2項目である。

445条(望ましい投資単位の水準への移行及び維持に係る努力等、2009824日に追加)

上場内国株券の発行者は、上場内国株券の投資単位が5万円以上50万円未満となるよう、当該水準への移行及びその維持に努めるものとする。

445条の2(売買単位の統一に向けた努力、201241日に追加)

上場内国株券の発行者は、上場内国株券の単元株式数を100株とするよう努めるものとする。

売買単位分散のピークであった2007年当時には、最低売買単位が1株から2,000株まで8種類に分かれていた。このため、銘柄ごとに売買単位となる株数を確認する煩雑な手間が必要であったうえ、これが誤発注の因となって混乱が絶えなかった。

このような売買単位の乱立を是正すべく、2012年に東証は有価証券上場規程第445条の2を追加して、単元株数を100株に統一するよう全上場企業に要請した。

「単元株」制度は、2001年の商法改正によって導入されたもので、それ以前の最低売買単位であった「単位株、端株」が「単元株、単元未満株」と呼称されることになったものである。

この売買単位の単元株を100株に統一する努力義務は、201810月に全上場会社が全うして100%達成され、現在では不要な規程となっている。



「投資単位の望ましい水準への移行」の努力義務が無視されているのは何故か

これに対し、2009年に有価証券上場規程に第445条として盛り込まれた「投資単位が5万円以上50万円未満となるよう」株式の分割や併合を行うべしとの努力義務は、制定後12年を経ても8割強程度の達成率に留まっている。

東証一部上場2,183銘柄のうち、最低投資価額が5万円以下に抑えられている銘柄数は約200、それに対して最低投資価額が50万円を超えていて50万円では購入できない銘柄数も約200に上っている。

売買単位の統一が6年余りの努力義務期間内に達成された実績と比べ、投資単位の550万円への収れん義務がいっこうに果たされないのは、どうしてであろうか。

すでに株券の現物は存在しないので、株券の分割や併合に要する手間や費用は問題とはならない。

高株価企業の経営者が株式分割を嫌うのは、分割を行なった時点では株主数は変わらないものの、将来的に個人株主が増えることにより、取引額が小さくなり、流動性が高まると株価の変動が大きくなり易いこと、株主総会への招集や業績報告などの事務コストが嵩む懸念が生ずることなどが挙げられている。

いずれの理由も個人株主の増加を忌避する姿勢であり、要するに株式取引の大衆化・民主化に違背する考え方である。



個人株主を積極的に増やす戦略をとるカゴメ

いっぽうで、経営戦略として積極的に個人株主を増やしている企業も存在する。典型例がカゴメだ。創業年は1899年、今年123年を迎える老舗である。

同社は個人株主を増やす方針を2000年に発表し、わずか4年で個人株主を約6,500人から10万人にまで引き上げた(2020年末には18万人)。人数ベースではじつに99.5%が個人株主である。同社の株は2000年当時1単元10万円程度であった。1単元が約700万円のユニクロとは対象的である。

もちろん、消費者を株主にすることで愛着を抱かせ、売上を伸ばすという目的も当然あろう。カゴメは個人株主を「ファン株主」と呼んでいるが、カゴメのファン株主は一般消費者の約10倍、カゴメ製品を購入するという調査結果がある。しかし利益追求の向こうに見えるのは社会に愛されることをサステイナブル戦略として選んだカゴメの企業理念である。これは評価したい。

ドラッカーは「企業の目的は顧客の創造である」と言っている。顧客とは、企業活動によってよりよい生活を手に入れる人たちのことである。集団でしか生きていけない人類はお互いがお互いの役に立つことが必須であり、会社は「役に立つこと」を複数の人間でつくる装置とも言える。

株主数の増大を忌避する企業は、個人株主は眼中になく、やりたい事業を自分たちの思い通りにやりたいという願望が強いのであろう。しかし、企業は生き物なので成長が鈍化する日は必ず訪れる。その時になってはじめて、「債権者のような単なる資金の出し手」や「はげたかファンド」ではない、ファン株主を欲しても遅きに失するのではなかろうか。



証券会社の「ミニ株」取引は、適正化コストの個人投資家への転嫁

証券会社は、若者の初心者にも株式投資を促す手段として、単元株に満たない株数でも購入できるようにする1株単位での「ミニ株」取引の仕組みを作っている。ただ、これらの売買手法は各社各様であって、対象銘柄数は限定されており、運用に手間が掛かるので、どうしてもコスト高となる。

 さらに問題は、配当は株数に応じて受け取れるものの、株主名義は証券会社となっているので、優待は受けられないケースがほとんどであり、議決権はなく、証券会社が倒産した場合のリスクも存在する。

この「ミニ株」取引は、東証が解決すべき問題をそのまま証券会社に押し付けられた理不尽な解決手法であり、望ましいことではない。

このような証券会社の工夫を評価する向きもあるが、証券会社が「ミニ株」取引で解決済みとして、投資単位の適正化を東証や上場企業に対して働き掛けないのであれば、問題はさらに深刻である。

東証は上場企業への働きかけを「見える化」していただきたい

現状では、ユニクロやソニー製品を愛用する若者が将来の資産形成に向けて、年間120万円のNISA枠を活用してファーストリテイリングやソニーの株主になりたいと思っても不可能である。全上場銘柄について個人投資家が利用しやすい適正な投資単位を東証が保障することが政府の掲げる「貯蓄から投資へ」の政策実現の入り口であることは論を俟たない。

このような状況を長年放置して来た金融庁や東証の不作為は厳しく糾弾されなければならない。

東証に望むのは、次のような施策である。

1、すべての上場企業の単元株が100株に統一されたので、この際、単元株を一挙に100株から1株に変更する。

2、株式分割を拒んでいる高株価の上場企業については、株式分割による株価引き下げ要請に対する努力拒否の理由を東証のホームページ上に開示する。

3、低株価の銘柄については、1株の株価が5万円以上になるよう株式併合を要請する。

4、望ましい投資単位に違背している上場企業には、本年から発足するプライム市場への上場資格を与えない。

(日本個人投資家協会 監事 岡部陽二)

(202211日発行、日本個人投資家協会機関誌「ジャイコミ」20221月号「投資の羅針盤」所収)










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