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社会保障制度のあり方を根本から見直そう

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 延期を重ねてきた消費税の10%への引上げが、ついに来年10月に実施されることに決定した。それに絡めて、政府は向こう3年をかけて「全世代型社会保障」の構築を図るとしている。

 ところが議論の中身を見てみると、現行制度を若干手直しするに過ぎない。毎年30~40兆円ずつ積み重なっていく財政赤字を解消して2025年にはプライマリーバランスを均衡させると目標に掲げているが、達成は不可能としか思えない。

 社会保障の行方は個人の資産形成方針にも大きく関わってくるので、この問題への基本的な対処策を考えてみたい。

社会保障制度の基本は共助

 日本の社会保障給付費の内訳を見てみよう。年金が50%、医療が30%、介護・福祉が20%となっている。

 そもそも社会保障とは、自分ではできない生活部分についての助け合いのしくみである。したがって高齢者の生活保障や若年層の貧困層への支援は、人倫のルールとしての「自助」→「共助」→「公助」の原則に立ち戻るべきである。

 富める者はもちろんのこと、自らを弱いと思う者も人を頼らず精進する「自助」の気概が必要である。

 一方、 自らを強いと思う者は周囲に配慮し、できる限り他者を助けなければならない。この「共助」の精神が社会保障の原点であり、リスクを大勢で共有する火災保険などと同様のしくみが筋である。
 その「共助」に、政府が直接関与しなければならないという理由は存しない。ところが現実の社会保障は「共助」を離れて、いまや公助が中心となり、財政赤字問題に転化している。

 また、政府が運営する公的社会保障では、富める者から貧しいものへの所得移転がその本質であるべきなのに対し、若年層から高齢者層への所得移転となってしまっている。現行のスキームは本来の趣旨に反している。

 あるべき姿は共助では救い得ない「生活困窮者などの社会的弱者」を政府が支援する、そのような施策のみが「公助」として残るのが理想であろう。

「社会保険料」負担の高騰に目を向けよう

 社会保険料は過去一貫して毎年増大している。25年前の1990年にはGDP比7.5%の負担であったものが、2015年には12.1%とほぼ倍増、個人所得税と消費税の合計にほぼ匹敵する高負担となっている。(図1)


181101政府の主な歳入の推移図1.jpg

 その間、増税の是非で騒がれてきた消費税はGDP比4.0%から6.5%へ6割ほど増えただけであり、個人所得税は逆に7.8%から5.8%へ減少している。

 社会保険料の欠陥は消費税よりも逆進性が高い点にある。年間所得が500万円の人も1億円の人も、負担はほとんど変わらないのである。格差を助長しているといえよう。

 このように大いに問題視されるべき「社会保険料」の高負担の是非は選挙で問われることがなく、国会で論議されることもないままに、官僚の手で自動的に毎年引き上げられている。

社会保障財源としての税金投入は目的税とし、国債発行依存は禁止すべき

 もう一つの問題は、社会保険と称しながら、支払い原資に多額の一般財源が投入されていることである。それによって財政が赤字運営に陥っている。

 2018年度予算では基礎年金に11.8兆円、後期高齢者医療制度に5.1兆円、国民健康保険に3.1兆円など国の一般会計から33兆円の公費が投入され、自治体も地方税から14兆円を拠出している。一般財源の34%が社会保障費に使われてしまって、教育・研究分野などへの国による支援が年々縮小されている。そのような財政構造をこのまま放置してはいけない。(図2)

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 さらなる問題は、国の負担は本来なら同年度に徴収した税金で賄われるべきところであるのに(図2)、実際にはほとんど全額が国債発行によって調達されている点である。

 国債でまかなわれた分は、そのまま将来世代の税負担となって若年層を苦しめる。

 受給者が高齢者ばかりに偏った社会保障の原資を勤労世代が負担する現行方式は、制度疲労が甚だしく、もはや限界に達している。

 ドイツやスイスでは憲法によって世代間の公平性を保つよう規定しており、わが国もこの原則を採り入れるべきと考える。

 

年金給付年齢の引上げが喫緊の急務

 年金については、支給開始年齢を早急に70歳まで引き上げることが最重要である。これが70歳まで働けるようにする制度づくりの大前提となる。

 わが国の高齢化は、すでに年金支給開始年齢を67~68歳へ引上げ決定している米・英・独などの先進諸国よりはるかに急速に進んでいる。そのわが国が65歳以上への引上げ案が議論の緒にもついていないのは奇異である。(図3)

 最近、働き方改革の一環として検討され始めた70歳へのくり延べ選択制はその分受取年金額を増額するので、年金財政をむしろ悪化させる。

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 年金改革のメニューとしては、①賦課方式から積立方式併用への段階的転換、②積立NISA、iDecoの制度一本化して、年金補完目的で生涯に2,000万円程度まで積み立てられる免税限度を設定すべきである。

 さらに、全企業(雇用者)に私的年金の提供を義務づけて、公的年金への依存を減らしていく方向転換が肝要である。

 イギリスでは2008年年金法で、2018年までにすべての企業に私的企業年金への自動加入を強制し、従業員には給与の最低8%拠出を義務化している。ゆりかごから墓場まで政府が面倒を看る福祉大国を目指していたイギリスであるが、私的年金提供の義務化へと方向転換した英断には見習うべきところがある。

公的医療保険の適用範囲を縮小して、民間保険の活用を

 医療費については公的保険からの償還割合を大幅に引下げて、自己負担を増やし、給付を抑制するしかない。公的保険でカバーされない範囲は、民間保険でカバーするように制度を大幅に組み直すことが喫緊の急務である。

 高齢化の進展や医療技術の進歩に伴って医療サービスへの需要は年々高まり、年間消費額42兆円を超える最大の産業分野に成長した。今後も膨大な潜在需要が見込まれる。これほど巨大な医療需要であるのに、政府は公定価格で縛って市場競争を認めていない。すべての医療サービスを公的保険の枠内に抑え込んで、民間保険に開放しない。機能不全に陥っていると言わざるを得ない。政策の転換が必須である。

 他国の例を見ても、ドイツでは公務員・自由業者・企業の管理職などは公的医療保険に加入できず、民間保険がこれをカバーしている。民間保険は保険料も医療費も高いが、優先的に治療を受けられるメリットが大きい。イギリスでも国民の10%を占める富裕層が民間医療保険に加入している。

 フランスでは、薬剤について段階的給付率を採用している(抗がん剤等不可欠:100%、有用性大:65%、中小:30%、15%、0%の5段の階給付率があり、実質給付率平均は66.5%)。本年8月にはアルツハイマー型認知症で承認・販売されている4つの治療薬すべてを公的保険の対象外とした。

 韓国では病院のグレードによって自己負担率を30%~60%に変動させている。

規制を廃して医療産業への自由競争原理の導入を

 このような抜本改革を行うには、筆者がかねてより主張している次の3施策が不可欠である。

❶病院の株式会社化を進め、ガバナンスを向上させる。現在認められていない保険診療を株式会社病院にも開放し、公的病院の民営化を進める。国鉄の民営化や郵政民営化と同じ発想である。

❷保険診療と自由診療を併用する混合診療の個別認可制を廃し、全面的に自由化する。

❸規制の意図で始められた病床規制は逆に既得権益化し、全国的に病床過剰を招いているので即時廃止する。

 これらの改革を実現するには、シルバー・ポリュリズム(高齢者に迎合して人気をあおる政治姿勢)からの決別と既得権益の排除がポイントとなる。

 医療分野の改革には小泉政権も手が出せなかった。安倍政権も高齢者層の高投票率にあって若年層から高齢者層への所得移転を止めようとしない。

 いまこそ、「世代間の公平」と「生産性の高い医療産業への転換」に向けて政策の見直しが求められている。

日本個人投資家協会副理事長 岡部陽二

(2018年11月6日、日本個人投資家協会機関誌「ジャイコミ」2018年11月号所収)








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