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バンカーよ、国際人たれ 神谷秀樹の「日米企業往来」

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  私の出身の住友銀行(現三井住友銀行)で恩師に当たる人が、現在、医療経済研究機構で専務理事を務める岡部陽二さんだ。岡部さんは、私が創業したロバーツ・ミタニのアドバイザリーボードのメンバーになっていただいている。岡部さんにメンバーになっていただいたのは、日本屈指の世界に通じるバンカーだからで、私が今日マーチャントバンカーとして仕事をしている基礎は、皆、岡部さんから教わった。

  住銀時代、岡部さんはロンドンとスイスに拠点を置くマーチャントバンクである住友ファイナンス・インターナショナルの社長や住友銀行ロンドン支店長、同欧州総支配人などを務め、邦銀で初めて変動レートCD(譲渡性預金)による海外資金調達や、金利スワップ取引を導入した。大蔵省(現財務省)の護送船団方式が全盛の時代に、先進的な金融取引を現地のスタッフと共にビジネスにしていった。

  海外で現地のスタッフをマネジメントしてきた経歴を買われ、住銀の専務時代には、同行が買収したスイスのゴッタルド銀行の取締役に就任した。長い欧州での仕事を終えた後は明光証券(現SMBCフレンド証券)の会長を務め、その後は金融界から離れ、広島国際大学教授で医療経済学を教え、現在に至っている。

  岡部さんは教養にあふれビジネス以外の様々な点で参考になる話を教示していただけることから、私は銀行家としてのみならず、人間としての生き方を岡部さんから学び続けている。

今も目にすることのできる薫陶

  その岡部さんが「住友が生み出した最高の国際銀行家は彼だ」と言う方がいる。その方は、故・大島堅造(18871971)さんだ。大島さんは、私が住友に入行した時には既に鬼籍に入られていた方で、岡部さんと違い、私は残念ながら大島さんの薫陶を受ける機会はなかった。

  だが、大島さんは後輩のために『一銀行家の回想』(1963年著、図書出版社より90年再版発行)という素晴らしい本を残してくれた。本書に描かれた大島さんの生きざまをご紹介することにより、「国際銀行家」の持つべき心構えを知ることができる。

  大島さんは1909年に東京高等商業学校(現一橋大学)を出て住友銀行に入行した。その当時の日本は日露戦争に勝利し、一躍一等国の仲間入りをした国家興隆の基礎を成した時期であった。大島さんは住友銀行の国際部門(当時は外国為替取引と呼んでいた)の基礎を作られたが、17年にニューヨークに渡り、4年間駐在してニューヨーク支店を開設するとともに、欧州でも勉強と仕事に励まれた。中国にも何度も足を運ばれたことが同書には記されている。

  こうした経験から、大島さんは後輩たちにいくつかの指針を与えている。
1に「為替の理論をしっかり勉強せよ」
2に「ポジションを持たぬようにせねばならぬ」
3に「世界情勢に関する情報を丹念に集めよ」
4に「銀行家は時に銀行の運命に影響するような大問題に対しとっさに判断を下さねばならぬことがある。二者択一せねばならぬときはセーフ・サイドをとれ」
5に「語学を勉強せよ」


生かされぬ「ポジションを持たぬようにせねばならぬ」

  上記のうちで、現在の銀行家と一番異なるところが「ポジションを持つな」という点だろう。現代の銀行は、「リスク管理をできる」という大きな誤解の下に、ポジションを取り(相場を張り)自己勘定でトレーディング収益を上げることが重んじられている。その結果として、今回のフランスのソシエテ・ジェネラル銀行、またかつてシンガポールで大損した英ベアリング・ブラザーズや、ノーベル賞受賞者が経営陣にいたヘッジ・ファンドの米LTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)のように、大損を出すことが定期的に起こる。

  大島さんは銀行の健全経営に関しては次のように述べていらっしゃる。

  「英風、欧風の銀行業は、発展の歴史が異なるにしても、両者を通じて、預かったものは金銀であれ、通貨であれ、顧客の要求があれば、いつでもそのまま返すという共通の点はなんら変わるところがない。銀行は預金者の請求があれば、預かった金を、いつでも耳を揃えて返すことが、至上命令と心得るべきである。銀行の経営者はこの資産流動性を徹底的に守り、預金者の保護を至上志高の命令とすることを心に堅く銘記しなければならぬ。」

サブプライム禍で6兆~7兆ドルの信用収縮の危険も


  果たして現代の銀行家諸氏はどうであろうか。スイスのUBSや米ゴールドマン・サックスの最近の調査リポートによると、サブプライムモーゲージ、商業用不動産、LBO(相手先資産を担保にした買収)ローンなどの焦げ付き額の合計が、産業全体で約6000億~7000億ドルと予想されている。もしこれだけの資本金を世界の金融機関が毀損するとし、自己資本比率を10%とすれば、引き揚げなければいけない貸金の総額はその10倍の6兆~7兆ドルである。

  相場を張り、また融資基準を緩め、市場が良い時にはさんざん儲けた。しかし、リスク管理はできず、大きな焦げ付きを作り、資本金を飛ばし、その尻拭いは最終的には納税者に回される。あえて私の考えを述べれば、「超過利潤というものは、何らかの形でやがて吐き出させられる時が必ず来る」というのが金融業である。

  英国でも、ドイツでも、既に銀行救済に税金が投入されている。米国やスイスの銀行には、その国の国民の金ではないが、外国政府の公的資金が投資されている。まだ不良資産の償却は緒についたばかりである。それが残念ながら発展した(?)現代金融機関の姿である。経営の根幹で、「何かが欠けていた」のである。

  現代の国際金融界が真に必要としている人材とは、優秀なトレーダ-やファンドマネジャーではなく、大島さんのような不朽の経営理念を持つ、教養に満ちた国際銀行家ではないだろうか。

(2008年3月3日付「日経ビジネスオンライン」所収) 
 
 
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