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昭和3年・北辰会誌巻頭論文・岡部利良 歴史の発展過程小論

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歴史の発展過程小論

―歴史理論に関する問題の提出―

岡部利良

 

如何なるものでも、それが完全な研究方法に從へられた時、初めて把握され本当に理解されうる。

― ヘーゲル ―

 

 

世界は完成した事物の複合体ではなくして過程の複合体であるといふ事は、歴史の発展過程の考察に重要な意義を有つものであり、正に、歴史をかゝるものとして観察し理解するところに於いてのみ、初めて歴史の諸段階におけるあらゆる現象形態の本質は明らかにされうるのである。而して斯く人間の或は自然の歴史における発展転化の現象形態を、完成した固定的なものとしてではなく、運動の,一より他への連絡推移の、過程と解することは極めて重要なことであるが、それのみではなく、更にそれらに内在する本源的なものゝ存在の究明は、より重要な,より本質的な意義を持つものである。

 

然し現象の複雌性や多様性は、將た一面的な偏倚な観察方法は、正にそれ故に人々をして、往々その本質的意義の重要性の把握を困難ならしめる。今簡単に我々人間の生活関係の齎らす具体的な事実の一方面に一応の注意を止めて見よう。人々は肝謂その精神的生活過程に於て、常に感覺し、認識し、思考し、或は欲求等々する。今かゝる精神的生活過程の一内容が如何に変化発展するかを観察すると同時に、何故に、如何なる原因の下にかくなるかを究明するならば、それが一切の自己の環境、客観的な生活條件に制約され、それらに依存してゐる事を見る事が出来る。それと同時に又かゝる関係と全く反対の立脚地に立って考察し、即ち自己中心的な主張をなす人々の見解をも見る。かゝる二様の解釈には常に遭遇する所ではあるが、更に我我の生活過程における諸関係はこれのみに止らない。精神生活そのものゝ内部に於ても、外界の現象相互の問に於ても,又これ等両者相互の問における諸関係についても、それらは極めて複雑化され、且つ密接な相互作用の影響裡にある。かくの如く我々のあらゆる生活、外界の凡ての現象は、全く不可分な影響の下に内的連絡を持つ相互作用の中に存在することは生ける現実自体が示す所であり、それは又誰しも観察しうる所であらう。事実、文化現象、経済現象、其の他社会の諸関係の中に生起するあらゆる現象の各範囲内における個々の現象は相互に作用し合ひ,又甲乙異った圏内に属する両現象の関係も亦両者の相互作用の過程の下に密接な影響や重要な意義の下に関係づけられてゐる事は既に幾多見るところである。然し、かくの如き相互作用のみを問題とするならば、それは又何を齎らすであらうか?

 

歴史上の諸現象においてもそれらは密接な相互作用の下にある事は争はれないが、然し、それらを単なる相互作用の下にのみ観察究明することに依っては、問題の本質は常に解決されないで残存する。かくする時は或る限られた一定の歴史時代のみについては、稍々所与の問題の説明は可能ではあらうが、一定の歴史時代を連ねる全体的統一的な歴史の発展の説明には,其処に存在する重要な問題は自ら逸脱されざるを得ないのである。それ故に、即ちかくの如き観察方法による理解に於ては.これら諸現象の端緒、本源如何といふ本質的な問題の解決は必然的に回避されざるを得ないのである。ヘーゲルはかゝる粗雑な方法を極力排して、これを次の様に説明してゐる。「所与の内容を相互作用の見地から観察することに満足するならば是は最も貧弱な理解方法である。この場合には単に冷やかな事実を問題としてゐるに過ぎない。因果關係の発見を問題とする時に、云々される媒介の要素は満たされずにそのまゝになってゐる」と。更に彼は現象の種々なる方面の相互作用について、只これらの相互作用を指摘するだけに止めないで、その説明を或る新しい「より高級なものヽ中に」即ちあらゆる現象形態そのもの、これらの相互作用の可能性を制約するそのものゝの中に求めねばならない事を説いてゐる(ズルハノフ「へーゲル批判」)。我々はかゝる彼の考察方法に多くの学ぶべきものを見出すことが出来る。これに反してかゝる方法に眼を掩はんとする人々の一人としてデュルケームがその著「社会分業論」にて,道徳について「道徳的密度は同時に又物質的密度が発展するに非らざれば発達するをえない」と論じ乍らも而も「然し、両現象の何れが他を決定するかを研究する事は不必要である。只それらが不可分であることを述べれば充分である」と言って居るが如きは単に表面的な現象形態にとらはれた、その本質的究明の欠陥を物語るものである。

 

然しヘーゲルが諸種の現象を單に相互作用の中に解釈するの非を排して、それらの間に存在する本源的なる存在、即ち第三者の[より高級なるもの」を他に求むべきを問題とし乍らそれを「精神の本性の中に求むべきである」と解するに至ったのは,観念論者たる彼をして聊かも妨げはしなかつたのである。かくして彼は世界史の説明に当って、一切の歴史は「普遍的精神の解説、実現」であると説き、或は「此善、此理性が最も具体的な表象となるものは神である。神は世界を支配し、その支配の内容、其の計画の実行が世界史である」(「歴史哲学」)と云ひ、次いで又世界史を定義して「世界精神の理知的必然的行程」と述べてゐるのである。更に彼は歴史は予め確立された絶対観念の実現を目標として動くと考へ,此の目標への働きが歴史的事件の内的連絡を形成するものとなしたのである。同様にレッシングに於ては、歴史は「神による人間教育」であり、シェリングに於てはそれは絶対者即ち神の恒常不断の自顕であつたのである。即ち歴史哲學は、殊にヘーゲルの代表するそれは、歴史上に行動する人間の諸動因を歴史的事件の究極的原因とはせすして、此等の動因の背後に探求すべき別箇の眞実の起動的勢力を認めるのではあるが、然し、「そういふ起動的勢力を、歴史そのものゝ中に求めないで、むしろこの勢力を、外部から、即ち哲学的観念体から歴史の中に持ち込んでゐるのである」(フオエルバッハ論」)

 

これに反して、歴史上行動する人間の動因の背後の究極的な起動的勢力を、歴史それ自体の中に、社会それ自体の中に、即ち人間と自然との不断の均衡の諸関係に基因する物質的根拠社会的根拠それ自体の中に求めて、それによって歴史の発展過程の内的関係の性質を明かにしたのは、所謂ヘーゲル左党に依る十九世紀中葉以後に於ける新しき理論的展開であり、吾々は其中に、生々とした現実の生活の究明把握に基づく歴史の発展過程の本質が指摘されてゐる事を見出すことが出來るのである。

 

 

社会の発展は一運動法則に支配されて居り客観的に存在するこの合法性の発見こそ、科学の最も重要な任務の一つである。歴史の過程におけるあらゆる現象の諸関係に存在するこの合法性に、人間理知による世界の解釈や体系をもってして、若しかゝる解釈や体系が不断の生活と現実との潮流の生きた法則に合致しない場合には、これを放棄して顧みないが如き単なる世界の解釈者は、正に科学の王座から葬らるべきである。まことに世界は、歴史は、單なる理知による一つの凝固した体系によって説明さるべきものではなく、其処には理念から独立した、意識に先行する客観的合法性が存在する。而して錯綜限りなき現象より、混沌極まりなき過程より,それらの運動に内在する法則の必然性を認識し、顕現せしむる所に、初めて現象自体、歴史過程自体における本質の、真の把握が可能となりうるのである。それ故にフランソァ・ケネーが「根本的な社会法則は自然秩序の法則であって、これは人間に最も利益あるものである・・・・此法則は只一度限り造物主によって確立きれたものである」と言って居るが如きは、全く事実の根本に矛盾した、凡てを神の啓示に托さんとする、粗笨なる目的論的見地に基く僧侶的解釈に外ならない。かくして又歴史の過程はヘ一ゲルが言ふ如く絶対精神の目標に進む過程でもなくして、それは歴史的現象のあらゆるものそれ自体の中に存在し、作用する客観的な内的法則に從ってのみ作られる過程であるヘ既にアリストテレスが「自然は目的である」と云ひ、内在的目的論者があらゆる現象の完全性の故に、それに内在する法則を形而上学的存在に假するが如き理由の妥当性は何処に存在するであらうか? 其処には只、全く神の予定なごから独立した自己運動をなす可動的な必然的進化があり、矛盾の対立の裡における一より他への不可避的なる発展推移の過程が存在するのである。而して私は今こゝに―(二)において―かゝる過程における諸現象間の関係の性質如何といふ問題―それは全く重要な意義を持つものである―について簡単に究明することゝする。

 

即ちかゝる歴史の過程に於て生起消滅する現象間に存在する種々なる関係の性質について、その諸現象間の配置を一の單なる並立関係、相互関係とのみ見るか、或は因果関係による発展過程と見るかは根本的な差異を持つものでなければならないのである。

 

既にヘーゲル自身も所与の現象を単に相互作用の下にのみ観察する方法の非を指摘してゐるが、まことにかゝる方法を以てすることは、外観の現象形態のみに促はれて、より根本的なもの、より本質的なものヽ存在に盲目であり、それは又眼前の樹を見て森を見ざらんとするの類である。それは多元的な諸要素を單なる平面上に排列するものであり、從って一より他への連絡推移の過程は全く隠蔽されてゐると言ふぺきであり、かくして残されたる検討究明すべき問題は,其処には存在するのである。歴史上の諸現象の何れか一方がより影響を及ぼし、より中心的であるといふ事よりは、それらの中何れが決定的であるかが重要な問題である。それらの間には單に両者の量的関係の大小に依って、何れか一方を中心として動くのではなくして、一が他を必然的に規定する根本的な特質を持つ関係が存在して居り、其処には質的に異る決定的な本源的能因が存在してゐるのである。而してかゝる現象相互間の重要なる関係、即ち既に指摘したそれらの問の関係の性質を明確に規定しうるためには、所与の各現象間の性質、具体的現象の内面約連絡そのものゝの分析が最も重要でなければならない。單なる理念のみの、概念のみの分析、規定は一のナンセンスを意味するものでなからうか。

 

即ち歴史の発展過程の一連の途上に発生転化する諸現象間には一より他への連絡推移の過程が認知されると共に、其処には又必然的に進化の一系列の間に発生する、前後の順序ご連絡が存在する事は、それらの科学的分析の結果がこれを明白に示してゐる所である。其処には最早や單なる多元的な要素の独立的存在は許されてゐない。從って所与の具体的現象自体の内的関係の厳密なる分析は甲より乙への進化過程に因果関係を持つ発展推移の特質の必然性が存在することを明確に認識し規定せしめるのである。即ちある一定の現象が存在するならば、それに制約せられ、対応し,依存する他の現象が不可避的因果的に発生し現出するといふのである。

 

即ち対象を限られた歴史時代の一定の現象のみに止ることなく、前後の連絡する関係について、全体の過程について取扱ふ時は「独立的孤立的主体の多元的な相互作用の関係のみを設定することは究竟に於て無意味であり、從って歴史的諸現象の発展過程は、甲より乙への必然的連関性を有つものであると共に、後者は前者に独立的でありえないばかりでなぐ、常に両現象の間は、因果的関係を以て基礎づけられ,それに依って連絡されてゐる事を知る事が出來るのである。

 

かゝる関係は自然の発達史にも、亦その一部なる人間社会の発達史にも同様に観察され得るが両者の間における本質的な差異は「自然に於て相互に働きかけるものは、自然に対する人間の反作用を度外視すれば、意識のない純盲目的能因であって、そう云ふ能因の交互作用の中に一般法則が働いてゐる・・・・これに反して社会の歴史に於ては行動してゐるものは意識を賦与され、反省又は情熱を以て行動し一定の目的に向って、働く人間である」(「フォエル・バッハ論」)即ち社会的人間の意識的能動的行爲に一の重点を認むる所に自然と異る人間社会の発達史の特質が存在する。エス・ブハリンもこれについて「社会には又実在的総体として、体系として相互に影響し合ふ要素、即ち人間が存在する」と言ひ、更にそれらの本質について「之等相互作用

が無限に存在する事は前に見た所である、が然しこれら自ら軌り合ふ波、種々様々なる線を流れる無数のカ、小力の一切は、それでも狂氣じみた踊りをしてゐるのではなく,一定の溝の中に流れ、内部の法則性に從ってゐるのである」と続けてゐる。從って又こゝに注意すべきは社会の内部には一定の法則が存在して居り、かゝる「内部の法則性」こそ人間社会の複雑多様化せる現象形態の本質的存在を明らかにするものである。

 

かくして人間は一定の法則の下に自らその歴史を作り、而も意識を以て、目的を以てその歴史を作る。然しかゝる意識や目的は屡々偶然かの様に見える存在に左右され、その現実化は屡々不可能であり、從って「行為の目的は意志されてもその行爲から生れる結果は意志されない」が如き、全く目的もなき、盲目的な自然に於けると同様な状態に陥ってゐる。これば全く意識や概念そのものゝ発展過程から説明する事は不可能であり、それには客観的な歴史的に与へられた諸條件を持たねばならないこεを最も明確に示してゐると云ふべきである。ハー・クノーはこれについて次の様に説明を与へてゐる「ヘーゲルに依れば、一定の予知された目的を現実化するにば、種々なる現実の可能性と不可能性とがありうる。がこれらの可能性を現実化し、不可能性を除去するにどれ程成功するかは目的定立に懸ってゐるのではなく、社会関係の内部の関係の総和に懸ってゐ。進化事実は、最後にひたすら之等の関係の中に因果的に基礎づけられてゐる」と。即ちかくの如く、社会の発展の方向は人間自身の目的定立如何に依存してゐるのではなく社会関係の内部の関係の総和に依って制約せられ,規定せらられるものであり、從って歴史の諸段階はそれに適応した社会の進化を齎すものであり、それは又意識の発展形式に依って決定さるべきものでもないのである。

 

吾々は更に又歴史の発展過程に一種の必然性を発見する。既に述べた如く、人間自身の生活は常に不可避的な盲目的動因によって支配されてゐるが、それは正に、自己運動をなしつゝある世界の発展は全く人間の意識や意図に独立的に過程する事を意味する。而して我々の認識は感覚を通じてかゝる発展における運動法則の発見を齋らすものであるが、これらの法則の必然性の十分なる認識は人間の自然への意識的服從を可能ならしめるものである。即ち「必然は只そのものが把握されざる限りに於てのみ盲目的である」といふ事が出來、從ってそれが明確なる把握は又人間の自然への意識的参加の可能性を増大するものである。かくして又「一般に夢想さるゝが如く、自然法則の独立てふ点に自由があるのでなく、この法則の認識に、またこの法則と共に与へられてゐる。この法則を計画的に一定の目的のために作用せしむる可能性に、自由が存在するのである」(「反デューリング論」)といふことは一般に自然法則のみでなく、人間自身の社会へも適用されるが故に、即ち歴史上の諸現象間に内在する法則の必然性の発見に依って、自ら盲目的原因を鮮明なちしめ、自由の可能性をより拡大するものであり、それと共に又「自由は我々自身及外部的自然に対する、自然的必然

性の認識に基づいた支配に存する。從って自由は必然的に歴史的発展の所産である」。

 

スピノザも言って居る如く「或事物は、諸原因の系列が我々に隠されてゐるから、唯内的認識の欠如から偶然と呼ばれるのである」が嚴密なる科学的認識はやがてそれが必然性を規定する。かくして又歴史上に行動する人間は歴史の発展の一系列の中に不可避的に発生消滅する因果關係に依る必然性を、即ち歴史的必然性を発見し、而して意識的にそれが作用の方向を規定し得るのである。即ちこのことは人間の歴史に決定的な重要性を持つものであり、それは又人間自身による歴史の構成について最も重要な本質的意義を有つものである。

 

即ち歴史の諸段階を形成する歴史的必然性は一定の歴史過程に因果的不可避的に発生するものであり、それが正当なる把握をなす所に、人間の社会における実践的な社会化された人間の行動に対する重要性が存在する。

 

更に社会の発展の究明は又次の事を明かにする。即ち人類の社会は自然の産物であり、その一部であり、而して自然との交渉に依って対象を自然から汲み出した時にのみ、且つその制限、範囲の下に、社界の内容は存続し依存してゐるのである。このことは我々人間自らの生活が明かに物語ってゐる所であり、生活の物質的根拠もそこに横はる。從って社会関係の総和は、自然と社会との均衡の種々なる関係の中に制限され、條件づけられてゐる。それと共に両者の間における関係の変化は必然的に又、社会の歴史的内容の関係にも決定的な変化を惹起せざるをえないのであり、從って更に其処には元の関係を否定する新しい関係の発生を見るのであり、かくの如くして歴史の発展は繰返へされるのである。かゝる関係は既に過去の幾多の歴史的社会的諸形態が明白に証明した所であり、画の如く所謂「自然と社会との均衡」の絶えざる動揺と回復の中に、社界の、歴史の、発展の決定的基因が横はる事が発見されうるのである。而も両者の攪乱と回復との過程は、人間と自然との不断の闘争の過程―生産活動をなす―であり,又恒久的な一の必然的な運動の形態である。即ちこれらの事はこれらの過程に於て因果関係の裡に必然的に発生する生産の諸形態こそ歴史的諸現象の発展変化の方向を指示するものなる事を明かにし、從って又目然と社会との均衡の諸関係こそ一そこに生産の凡ての諸条件が存在する―社会の、且つ人間の歴史の発展過程の尺度であり、それの決定的起動的勢力である、と云はるべきである。

 

 

人間はその生活過程に於て一先きに少しくふれた如く―「一の自然力として自然素材そのものに対立し」自己の活動によって自然素材を変化せしむると共に、又彼自身の生活をも変化せしめる。即ちそれは「使用価値を産出し自然物を人類の慾望のためにする目的活動であり、人類と自然との間における代謝機能の一般的條件であり、人類生活の永久的な自然條件である」即ちこれは人類と自然との絶対的な必要条件であり、一つの自然法則でさへある。而して重要なることは自然法則は揚棄さるべきものではなくして、歴史的に変化しうるものはただ「此法則の実現される形態のみである」といふ事である。

 

既に歴史的諸段階を、又社界の諸関係を、一つの過程として、而も亦一種の必然性の下に於ける内的関連性をもつ因果的合法性に依る発展過程として規定する事は、それらの諸段階に於ては、一定の異った條件、原因の下には不可避的にそれに対応し条件づけられる各一定の異った現象形態の発生する事を意味する。而してその諸段階に随伴して存在する事象は各々異った法則を生じ発展の過程を形成するものである。最早や一般的な抽象的な規定は一つの無内容な規定しか意味しないことになる。單に存在するといふ事は一の空語であり、更に如何に存在し、他との如何なる条件、如何なる関係の下に生起消滅するかが重要な問題とならなければならない。即ちそれは「SeinとはWiedes Daseinの謂ひである。それは存在の如何を、それの存在の仕方を、簡単にそれの存在性を意味する・・・・我々に見ゆる存在は、一般に無限定な存在ではなく、つねに何物かとして、あるひは何者かの見地に於いて、限定されてゐる」(三木清氏)のである。

 

歴史の発展過程に於ても、その途上のある現象自体は,他との関係において如何に存在すみかが重要であり、その歴史的規定を抽象し去ることは、それを超歴史的な偶像に化する事に外ならない。世界それ自体は、不断の過程を過程しつゝあるが故に、それは決しで固定的な凝固物ではなく、それは又一つの自然と社会との均衡の動揺と回復との過程における全体的統一体である。又個々の現象形態をそれ自体独立的なものとして解することは、本質的なる内的連絡の様相の解決を不可能ならしめるものであり,從って既に述べた如く其処に現象の単なる多元的主体の間における相互作用しか問題となりえないのである。かくして既に(二)の結論に於て取扱つた歴史の発展過程の変遷転化の方向の指針をなす所の起動的勢力に、一定の歴史的規定を与えふる事が重要であり、即ち推移する一連の全体的過程の中において人間の自然への目的活動―生産用の一般的法則の実現される諸形態の究明をなすことは初めて具体的な明確な規定を齎らす所以である。

 

この事は与へられたる避くべからざる緊要な任務ではあるが、更に、一般に所与の対象に関する歴史的規定をなす事が必要であり、それを無視することは、対象の内容全く空虚な粗雑ななるものたらしめ、従って又問題の本質の重要性は隔離されざるをえないのである。問題となり対象となるうるものは「一定の社会形態である。即ち生産業の比較的大なる又は比較的小なる総体の中においで活動する所の一個の社会的主体に外ならない」のである。

 

かくして又歴史上に生起する諸種の現象形態は決して一段的な規定をのみ持つものではなく、常に一定の限定され、制約された社会の下に各々異なった一定の条件を有して居り、これらの環の連鎖が歴史の発展過程の諸段階を形成するのである。從って一の歴史的段階において普遍と特殊との関係を明かにし、一定の歴史性を見出しそれらの関係を的確に規定することなくしては、常にその本質の把握は不可能ならしめられる。即ち歴史の発展の諸段階は、その不断の対立の闘争の間における変化推移の過程に依っては常に複雑多様なる特殊性、異った歴史的諸條件を齎すものであるが、これに対して單なる.一般的抽象的規定を以てする時は、かゝる具体的な特殊性の本質は全く抹殺されて只概念に依る規定のみが残らざるをえない。かゝる方法においては、発展の過程における豊富なる存在重要な意義を有する特殊性の凡てが失はれざるをえない。へーゲルはこのことに対して暗示的な言葉を以て次の如く言ってみる。「生の(レーベン)の性質のうちに躍動してゐるところのものは、観念の静寂のうちに沈黙し去り、千重の装をなせる驚異のうちに現はれ来る所の、生の性質の温かなる無尽蔵は乾燥せる形式のうちに暗澹たる北朔の霧にも等しき無内容の普遍性となって凋んでしまふ」と。

 

即ち歴史的現象の如何なる過程もそれは普遍的法則の下にのみ規定さるべきものではなく,眞の規定は、常に変化する過程の生ける現実性の具体的現象の中に規定さるべきである。まことに現実はその均一性、同種性にも拘らず無限に複雑化し錯綜混乱を来してゐる。從ってデボーリンの言ふが如く「普遍的法則性そのものが具体的な事態に於ては或る変化を蒙るものであり、これに依って現存せる『環境』の特殊なる諸関係の全系列に対する法則性が明かにされる。具体的な顧慮なしに普遍的な法則性を引合ひに出すことは不可避的に吾々を形而上学的に抽象的な結論に導く」のであり、即ち普遍的な法則性の下に「常に一定の時代の、一つの階段又は一つの時期の諸現象の特質を観察し、且つこれによって現象の鎖におけるかの最も重要な特殊な環・・・を把握すること」が最も具体的な眞理を作る一基礎である。

 

かくして又、―価値関係について云へば―世界を、歴史をかく解するものにとつては一定の社会―それは一定の歴史的条件を内包する―にとつて合理的たりしものも他の社会に於ては不合理となり、社会の一定の発展限度に於て自己の存在の価値を常に変化せしめる。而もそれは人間の意図、意識に独立した一の歴史的必然性を以て規定せられ、從って歴史的に制約された一定の時期、一定の社会関係に伴って自己の価値関係の転倒を来すものである。即ち一の時代において歴史的な必然的な特殊的関係をもち重要な役割を遂行したものも、やがてその歴史命使命を果した後は,從來向上の推進力たりしものが、障害のそれと変化し、從ってそこに必然的に価値の顚倒が生ずるのである。時間的空間的の一定圏内より他の圏内への推移によって価値そのものが自ら変化を蒙らざるをえないのは必然であり、歴史の進化は既にかゝる事実を明かに示してゐる。それは又一般的法則も具体的な事実の下に於ては或る変化を來さざるをえないが故に、即ち種々の特殊性をもつ諸形態は各々の過程において常に変転推移するが故に、從ってそれらの存在理由も変化することに依ってかゝる価値の顚倒も自ら生ずるものである。然るに單なる一般的規定の下に於ては、かゝる具体的特殊的形態は既に述べた如く正当に理解し能はざるを以て、一定の歴史的条件の下に限定される歴史的に重要な価値関係も自ら又しても触る能はざるをえないのである。一定の歴史的使命を持って人間社会の道程にあらはれる歴史的形態がその使命を果して存在の理由を失ふに至るや萎滅し、新たなる生氣ある形態がこれに代って来る。即ち社会の発展過程の途上において、曾つては実在性を有せしものも、やがては非実在的なる存在となり、自己の必然性、存在の合理性を失う様になるのである。歴史の各段階に於て其処に存在するものはその発展の道程中に必然たる事を証するのではあるが,やがてその段階に於て実在性をもつ自体の胎内に新らたなる高級な諸条件が発達するにつれて自らその存在の理由を失はざるをえないのである。

 

こゝに各々の歴史時代に存在する特有な使命諸条件は一連の諸形態の道程に全く重要な役割を持つことが知られ、問題とすべき対象の中にこれらの存在を軽視することは―意識にせよ、無意識にせよ―全体的なる問題の解明を雲霧の彼方に消失せしめることに外ならないのである。歴史性の抽象は究局に於て諸現象形態の永遠性、固定性を物語るものであり、それは又歴史の終局を意味するものである。然し世界の現実の運動は正にこれが無意味なることを明かにして居り、生々とした生活の潮流は、より一層高級な過程ヘと歴史を作りつゝあるのである。世界の不断の絶えざる進化は、自己の内に矛盾を内包しつゝ、常に対立的闘争のうちに、より高度な段階へとその過程を歩んでゐるのである。即ち世界は、ヘーゲルが既に「総てのことはそれ自身矛盾してゐる」といひしが如く、矛盾の運動であると共に更に又その中に於て常に統一の過程を齎しつゝあるものであり、即ちそれは対立物の相互間における弁証法的統一の発展形態を写すものである。

 

生ける生活の潮流は真に汲み尽し難き存在である。「それ故に人間の認識は常に近似的に正確なる世界の反映に過ぎない。人類はその歴史の過程において、客観世界に該当した認識、絶対の認識に絶えず近づく。けれども我々の認識は、しかし絶封に近づきうるにしても、而かもなほ依然として相対的である」(デボーソン)かくして我々は、人類の歴史は、をの相対的発展の中に、一定の歴史的条件を齎しつゝ一より他への推移をなす過程なることを見出すことが出來る。それは又單なる動的な過程と言ひうるばかりではなく、各段階はより高級な過程ヘと発展する弁証法的発展の過程をなすものであり、其処に又各々異った歴史性が重要な意義と任務を持つのである。

 

私は今簡単に―真に粗雑に過ぎぬ―歴史の発展過程の理論―それは又極めて部分的にしか過ぎないが、更に紙数の制限はこれ以上の展開を拒否する―の究明を試みたが、それは所謂歴史学派とは何等の共通点を持つものでない。即ち一定の範園内における歴史の過程あらゆる現象を蒐集帰納を事としては極めて歴史的な特殊圏内に於ける理論のみに重要性を認めんとする歴史学派の傾向は、又厳密な検討を要するものである。

 

彼等の主張する所は,新歴史学派のシュモラーの言ってゐる如く、それは「一般化することをより急がないこと、個々の時代、個々の国民と個々の経済状態との特殊研究に通ずるため広く渉猟される事実の集大成に対し、より強き欲求を有つ」ことであるが故に、自ら必然に全体的な統一的な過程への理論的研究を回避する。殊に現今の如き社会的組帯の極めて重要性を持ち、社会関係の範囲が拡大され、それらの間に特に密接な連関性をもつ世界過程において、特にその実際的役割は問題でなければならない。宜なる哉、既にハインリヒ・ハイネはこれについて嘲笑的なる言葉を以て次の如く歌ってゐる。

北へ行くな

ツウレの彼の王に氣をつけよ

憲兵と巡査と

全歴史学派とに氣をつけよ

と。單なる歴史的事実の集積や、経験的事実の下における個々の特殊條件のみに問題の基礎を求める事は、全く全体的過程の発展の内的特質を見誤るものであり、又しても必然的に樹を見て森を見ざらんとするの傾向に陥るものである。対象について重要な事は全体的過程に対ずる、個々の特質を分析究明すると共に、両者の間の関係の性質を一定の歴史的条件の下に嚴密に把握し規定することである。

― 一九二八・五・十五 ―

 

 

付記;これは私の貧弱な粗雑な一の覚書であり、又単にそれのみに止る。そして又内容の凡ては私達に投ぜられた今後の問題に屈する。

歴史理論に関する二、三の点、歴史の因果関係や歴史的条件の重要性等について筆をとって見たが粗雑なる智識は十分なる展開を妨げる。寧ろかゝる内容を取扱はんとすることこそ、而かも、かゝる制限された小論において僭越な企図かも知れない。散在する衒学的博引傍証は全く好む所ではないが筆者の理論的構成の未熟が余儀なくも、斯くせしめたものであり、更に諸兄の御教示と批判を待つものである。

 

(昭和379日発行、第四高等学校「北辰会雑誌」第百十二号p219所収)

 

注記;旧漢字を常用漢字に、傍点を下線に、置き換えたほかは、原文どうり

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