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<書評>竹内和久・竹之下泰志共著『公平・無料・国営を貫く英国の医療改革』

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集英社新書 定価 680円(税別)
ISBN978-4-08-720502-2


 社会経済政策の対立軸としては、「新自由主義」対「社会民主主義」が代表的である。前者は米国のブッシュ政権、英国のサッチャー政権やわが国の小泉政権の路線で「小さな政府」を理想とする。世の中の大半の問題は自由な市場に任せておけばうまく行くという前提を信奉し、格差や不平等も正当な競争の結果であれば仕方がないと考える理念である。これに対して社会民主主義は多くの欧州諸国で実践されている路線で、すべての人にある程度平等な生活を保障することを理想とし、そうした政府の活動を支えるために国民の高負担は容認する。

 しかしながら、このような単純な対立軸の構図を無批判に受入れていては、問題が解決するどころか、ますます混迷を深めることもある。市場の失敗もあれば、政府の失敗もあるので、それぞれの失敗を是正するための方策を考えるしかない。1997年に成立した英国のブレア政権が掲げる「第三の道」は、従来の常識では相対立すると考えられてきた主張を疑い、表面的な二分法を乗り越える新しい切り口を模索する政策で、それなりの成果を挙げてきた。

 無料で公平な医療を全国民に提供することを掲げて1948年に誕生した英国の医療システム(NHS)も、サッチャー政権下での医療費抑制政策の結果、90年代には手術の待ち時間が数ヵ月に及び、院内感染が社会問題化する一方、皆保険であるにもかかわらずプライベート診療の比率が10%を超すなど、種々の問題が表面化して、崩壊の危機に陥っていた。

 労働党のブレア・ブラウン政権はこの事態に果敢に立ち向かい、2001年から10年計画で劇的な医療改革を実現しつつある。このプロセスを、同じ時期に英国に駐在した厚労省出身の一等書記官と経営コンサルタントのマッキンゼー役員が観察し、それぞれの立場から政策の是非について議論を闘わせた。異分野の叡智二人が、英国の改革を具に検証したユニークさが本書の白眉であり、一気に読み通せる快著である。

 英国の医療システムを注視する必要性はどこにあるのか。本書によれば、第一には、制度疲労を来していたNHSの再生が、成功しつつあることは明らかな点である。英国は、2001年には7.3%であった医療費の対GDP比率(同年の日本は7.9%)を2006年には8.5%(同年の日本は8.1%)まで1.2%(日本と比べ+1%)引上げている。この財源面の強化が大きいが、同時に医療の質向上でも目に見える成果を挙げている。第二には、ドイツやフランスなどの大陸諸国とも米国とも一定の距離を置いて、独自の道を模索している点である。第三にNHSとわが国の皆保険は、制度の構造には違いがあるものの、普遍性と包括性において共通の精神を持っている点である。

 わが国への示唆として本書が指摘しているのは、①英国では強い政治的イニシアチブによる「求心力のある改革」が首相主導で進められ、時には既存の利害関係者を排除して改革が断行されたこと、②医療サービスの供給サイドでは、全国的なスタンダードの数値目標設定などにより、医療の質を可視化したこと、③保険者の機能を強化して、有限な資源を効率的に活用するツールを持たせたこと、④患者サイドにも、地域住民が医療内容の決定、医療機関の経営などの諸施策策定の意思決定に参画させる一方、医療機関のパーフォーマンス評価の結果は、NHSダイレクトを通じて幅広く情報開示されていること、⑤たばこや飲酒制限などについては、省庁の壁を超えた広範な施策がなされていることなどである。

(評者; 医療経済研究機構 専務理事 岡部陽二)

 (2009年9月1日、社会保険研究所発行、「社会保険旬報」No2398号p38所収)

 

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