個別記事

米国における病院のマーケティング戦略


 このほど、日本医業経営コンサルティング協会主催の「米国の病院経営・管理研修団」に参加して、米国最大の医療保険団体であるカイザー・パーマネンテ社、サンフランシスコ・ロサンゼルス・ホノルルの代表的病院5施設、医業コンサルタント2社などを訪問した。訪問した病院は先進医療の研究で世界的に著名なUCLA大学病院ならびにサンフランシスコのセント・メアリー・ホスピタル、ロサンゼルスのセント・ジョーズ・ホスピタル、ホノルルのクイーンズ・メディカル・センターおよびクアキニ・メディカル・センターといずれもそれぞれの地で100年を超える歴史を有する非営利の名門民間病院であった。この研修団の主目的は米国の病院経営のマーケティング戦略についての実地調査に主眼が置かれていたので、訪問先での聴取内容を中心に、米国における病院のマーケティング戦略について、私なりの断片的な感想をとりまとめてみた。

1、 マーケティング戦略を必要とする医療サービス市場をとりまく環境変化

 米国では1990年代に盛行を極めたHMOをはじめとするマネジドケアによる医療費抑制の試みが実質的に行き詰まり、医療費は2000年代に入って再び高騰している。マネジドケアは結局医療費の高騰を抑えるシステムとしては機能しなかった訳で、今や消費者による選択の自由が重視され、処方薬販促のためのDTC(Direct to the consumers、テレビ広告などによる製薬会社の直接宣伝)などが最新の薬剤や医療技術を求める消費者の願望に火をつけた感がある。こうした環境変化に関連して、今回往訪先から得られた米国の医療サービス業界動向を以下に摘記してみた。
 
 (1)米国の医療費の増加率は2001年度で10~12%、2002年度予想は10~15%と、経済成長の低迷にもかかわらず、急騰している。その主因はDTCなどによる薬剤費の上昇、医用技術の進歩、慢性疾患患者の増加、医療スタッフ人件費の上昇にある。一方、保険団体が医療費抑制のために病院・医師の診療行為を縛るマネジドケアは、出し渋り医療として患者の権利保護運動にまで発展し、受療制限の厳しいHMOとの契約は減少、HMO自体も大幅に縛りを緩和して実質的には旧来型の保険に逆戻りしている。
 しかしながら、保険料の大幅な引上げは雇用主の抵抗が強くて困難なため、現実には患者の自己負担増で医療費増加の大部分が吸収されている。雇用主の保険料負担を自己負担へ転嫁する仕組みとしては、年金についての401kの確定拠出方式にならって、保険適用の最低免責額を一件5,000ドル(約65万円)といった高額に設定する、適用の入院期間を制限するなどの方式が一般化してきている。
 (2)日帰り手術の件数が入院手術件数を上回った結果、病床稼働率は60%を割って、さらに低下を続けているものの、医療需要は引続き拡大しているので、病院の新規投資も盛んである。病床稼働率が34%にまで低下したにも拘わらず、何とか黒字を維持している実例も見聞した。
 (3)病院からの過度のコントロールを嫌って独立性を保ちつつ、一方ではHMOなどと直接交渉に当たっての価格競争力をつけるために結束した医師のグループ(Physician Group)が最近急成長、医師全体の20%程度にまで拡大している。
 (4)高齢化、包括払い化、日帰り手術の急増、予防重視、医師・看護師不足などの環境変化により病院間の競争が激化し、価格設定が従前より難しくなってきている。包括払い化により医療にかかる財務リスクが保険者から病院へ転嫁された影響が大きい。
 (5)IT化進展により病院のIT関連投資負担が一段と増大している。総額10億ドルの新設病院で、内150百万ドルがIT関連投資に振向けられている実例がある。
 (6)米国の病院は2003年の4月14日より施行されるHIPAA (Health Insurance Portability & Accountability Act、)への対応に迫られている。本法により患者情報の漏洩を禁止する条項の遵守が求められるので、従来行っていた顧客情報を利用してのマーケティング活動が大きく制約される。
 (7)看護師の平均年齢が46歳と高齢化し、絶対数の不足とあいまって、優れた看護師の確保が最重要課題となっている。医療事故防止の観点からの社会的規制強化が報告事務の増加につながり、これが看護職不人気の一因にもなっている。

2、 マーケティング戦略立案に当たっての意思決定機関

 今回往訪した病院はすべて非営利(Not-for-profit)病院であったが、営利・非営利を問わず、米国の病院はCEO(最高経営責任者)やCOO(最高運営責任者)を中心とする「マネジメント」とステーク・ホールダーの代表である「ボード・オブ・ディレクターズ(理事会または取締役会)」によって運営されている。営利企業の場合には、投資家である株主によって選ばれた取締役がステーク・ホールダーの代表であるが、非営利の場合には、その病院と関係が深い地域社会の代表がディレクター(理事)に選任される。非営利病院はすべて出資者の存在しない財団法人であり、ディレクターは通常無償の勤務である。
 ボードはマーケティングなどを含む経営戦略にかかわる最高レベルの議案についての最終承認権やCEOを更迭し新規に採用する権能を有している。一方、病院の日常運営についてはCEOが全責任を負い、マネジメントが執行に当たっている。CEOは通常MBAの資格を有するプロの経営者を多くの候補者の中から選定される。医師がMBAの資格も取得してCEOを勤めているケースは若干あるが、激務のため臨床医を兼務することは不可能とされている。
 訪問したコンサルタント会社によれば、経営戦略に関するプロジェクトの発注は6割がボードから直接出され、残余の4割がCEO以下のマネジメントから来るが、これについてもボードの承認を得ているケースが多い由である。ボードが現に機能している一つの証左といえよう。
 このような二元組織は「経営」と「監督」の機能を分立させることによって、ステーク・ホールダーの意向を病院経営に反映させることが出来るもっとも効率的な運営形態として定着している。非営利病院のボードが経営の基本方針を策定し、時にはCEOの独善や失敗を早期にチェックして経営路線の軌道修正をするといった慣行が概ね1980年代には確立された模様である。今回往訪先での聞取りの結果でも、この二元組織がコーポレイト・ガバナンスの機能を有効に果たしているとのコンセンサスが米国には存在することが確認できた。

3、 病院マーケティングの業務内容と対象

 わが国では病院のマーケティングは、関係者の間でも最近まで「患者を集めるための広告・宣伝活動」の技法であると認識されてきた嫌いがある。しかしながら、米国では以前からマーケティングの本質はセールス技法ではなく、企業の経営体質を強化し、患者をはじめとする社会全般の信頼を獲得するための長期経営戦略の一環と理解されている。
 したがって、病院のマーケティングの業務範囲として捉えられているのは、
 ① 診療・事務全般にわたっての組織・内部体制の構築・絶えざる改善
 ② 診療・アメニティー全般にわたる医療サービス内容の改善・高度化
 ③ 人事管理やリスク・マネジメントなどの管理業務全体の効率化
 ④ 地域との連携やM&Aまでを含む経営戦略の立案など
 ⑤ これらの状況を患者などの関係者に周知する広報・宣伝活動
と広範囲にわたり、広報や広告宣伝はマーケティングの成果を関係者に還元するための付随業務と位置づけられている。

 マーケティングの課題としてしばしば採り上げられている手法としては、
 ① サービス内容の差別化方策
 ② 地域内での位置づけの明確化や病院特性の強化
 ③ 優れたサービスを割安価格で提供する価格政策
 ④ 第三者評価などの活用によるサービスの改善
などが挙げられる。
 マーケティング の対象としてUCLA大学病院では、
 ① 患者、ことに再来院患者確保のためのリピーター対策に注力
 ② 医師、プライマリ・ケア医への情報提供、医師との協力関係確立がポイント
 ③ 地域社会の住民
 ④ 地域外、国外の患者
 ⑤ HMO、PPO、POS、メディケアなどの保険組織
を挙げていた。UCLA大学病院は州立大学に属する公的病院であるが、民間病院以上に充実したマーケティングのための専門組織を作り、患者だけではなく広範な対象に向けての活発な活動を展開している。わが国の大学病院には想像もつかない民間と対等な土俵での競争が米国の医療市場で行われているのは驚きであった。
 さらに、UCLA大学では大学での研究と直結した高度先端医療技術を駆使して、国外からの患者を5%も受入れている。その一方で、60%を割り込んでいる病床稼働率を引上げるために地域社会の住民を対象としたプライマリ・ケアにも注力、この部門で収入の40%を確保している姿は極めて印象的であった。
 民間の非営利病院も、従来ややもすると医療保険団体との提携強化でまとまった患者をとり込むことに注力し過ぎてきた反省もあって、地域社会と密着した営業活動にことのほか留意している。HMOの実質的な崩壊の結果、患者は保険団体を選択できても、病院や医師は選択できなかったという歪んだ状況が改善し、直接病院や医師を選べるようになってきた状況の変化も、地域住民を対象としたマーケティング活動の強化に拍車をかけている。
 具体的には、「メディカル・フェアー」を頻繁に開催しての予防医療の啓発、外来での相談窓口や過去に来院したことのあるリピーターへのダイレクト・メールの活用といった地道な方策が主体となっている。広告や宣伝は経費がかさむだけで、その効果は限定的であるとの見方が大勢であって、あまり重視されていない。

4.病院ならびに医療保険組織におけるマーケティング活動の実例

 病院ならびに医療保険組織が顧客満足度向上を図るために行っているマーケティング活動について、今回往訪先で聴取した具体例を以下にアトランダムに列挙してみた。
 (1)予防・患者教育に注力して罹患率を下げることによって医療費削減を図る。大企業は複数の保険プランと契約しているので、直接患者に健康情報・禁煙・肥満対策などの予防プログラムなどを流してシンパを増やすことが肝要である。
 (2)医療保険組織の会員、ことに女性会員に日常の保健留意事項や医療保険選択のポイントなどをとりまとめた"Health-wise Handbook"を配布している。保険選択の主導権は95%女性が握っているとの調査結果も出ている。
 (3)カリフォルニア州全域をカバーする予約と診断アドバイス専門のCall Centerを病院から切り離して三カ所に設立、顧客からの照会アクセスに24時間対応する。
 (4)医療保険での提携企業にHEDIS(医療保険についての第三者評価機構)の評価を示して、自社医療サービスのベンチマーク対比での優位性を強調する。
 (5)個々の医師についての患者の満足度調査を頻繁に行い、評判のよい医師については給与の10~15%程度までボーナスに反映させる。
 (6)ソーシャル・ワーカーを中心に患者OBのボランティアの協力も得て「患者サポート・グループ」を結成、このグループに慢性病対策としての教育プログラムなどを提供する。
 (7)高齢者対策として自宅からボタンを押すだけで病院に通報される"Life Line Service"を実施する。
 (8)患者・医師・スタッフの満足度調査を行なう"Strategy & Business Development"部門を設置、病院サービスの質の評価を行う。
 (9)マーケティング戦略を策定する前提として、どこから患者が来るのか、どの医師が紹介してくれるのか、地域社会の人口構成などの基礎的な調査を徹底的に行う。
 (10)新しい手術の紹介などのメディアへの情報提供が地域社会への浸透を図るうえで、無料で効果絶大である。

5.病院のマーケティング戦略における医業コンサルタントの役割

 米国の医業コンサルタントは病院の財務や税務についての日常の相談にも与かるが、この業務はむしろマイナーなものであって、M&A・提携を含む経営戦略の策定や病院設計、人事管理、価格政策、リスク・マネジメント、IT化、PRなど広範な病院業務の改善にあたっての調査、基本設計などをプロジェクト・ベースで引受ける業務が主体となっている。
 このため、米国ではコンサルタント資格についての規制はないものの、実際問題として中堅管理職以上での病院経営の経験がなければ、医療経営コンサルタントにはなれない。全米医療経営コンサルタント協会への参加資格も一定レベル以上の管理職を12年以上経験した者に限っている。
米国ではコンサルタントの専門分野への特化も進んでおり、一コンサルタントが単独で受注するのではなく、一プロジェクトのコンサルティング業務を複数の専門コンサルタント(ファイナンス、ファシリティー・マネジメント、人事問、経営戦略、施設デザインなど)が水平提携して共同で行うケースが多い。

(医療経済研究機構 専務理事 岡部陽二)

(2002年12/2003年1月号・医療経済研究機発行"Monthly IHEP"No.105、25-29頁所収) 

コメント

※コメントは表示されません。

コメント:

ページトップへ戻る