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<書評>「医療費抑制の時代」を超えて ~イギリスの医療・福祉改革~


 本書は、著者近藤克則教授が2000年8月から一年間客員研究員としてケント大学に留学時の研究をもとに、イギリスの医療改革における苦闘の歴史と課題を分かりやすく解説し、その考察をわが国への教訓としてまとめられた政策提言の書となっている。

 イギリスの医療・福祉改革の動向を概括的に紹介した書物は以外に少なく、本書のようにイギリスの医療・福祉施設を駆け回って足で集められた生々しい現場からの報告はとりわけ貴重で有益な労作である。

 イギリスの医療システムは、第二次大戦直後にすべての病院を国有化して、National Health System(NHS)という従業員100万人を擁する巨大な政府機閑が設立され、財源は90%が税金、10が保険料で賄われてきた。自己負担は原則ない代わりに、予算の制約から配給制をとらざるを得ず、人手不足から患者の積み残しが常態化している。救急部門の最大待機時間を4時間に短縮すること、慢性病での入院待機者数を100万人に減らすことの二つが、ブレア政権発足時のマニフェッスト公約であった。NHSがこのように機能不全に陥り、医療現場の士気が低下し、医療が荒廃した経緯を本書は詳しく分析している。

 世界ではじめて全国民に急性期の医療サービスを保障したこのNHSの理念として、長期間政権の座にあった労働党は何よりも「公正」を重視したが、サーチャー保守政権になって、「効率」重視に大きく転換、これが混乱に拍車をかけた。

 1997年に政権をとったブレア首相は「公正」も「効率」も同時に重視するという困難な目標を掲げて、「クリニカル・ガバナンス」といった質の管理強化、「バリュー・フォア・マネー」といた費用に見合った価値の実現のための評価システム導入など数多くの改革に取組んできた。それらの「評価と説明責任」を重視する政策の成果には看るべきものもあったが、医療現場での人手不足解消には繋がらず、結局2000年春になって、向こう5年間に医療費を1.5倍(GDPの9%以上)に増やすという宣言をし、その成果は徐々に上がりつつある。

 イギリスの医療改革に学ぶところは、質が高く、公正で、効率的な医療の実現には、医療費の抑制ではなく、適度な拡大が不可欠である、との著者の論証には説得力がある。著者はわが国においても、医療現場での人手不足をこのまま放置すれば、医療の質の面でイギリス以下に悪化する懸念があると予測している。この点には同感ながら、評者が疑問視するのは、著者は増大する医療費を公的財源で賄うべきであると主張している点である。すでに医療提供面では民間が主体であり、消費者の選択肢拡大指向が強いわが国においては、公的財源だけではなく、自己負担の拡大を視野に入れた実現性の高い観点からの政策論議が望まれる、と考えるのは評者の偏見であろうか。

(日本福祉大学教授 近藤克則 著「医療費抑制の時代」を超えて-イギリスの医療・福祉改革)

(評者; 医療経済研究機構専務理事 岡部陽二

(2005年2月医療経済研究機構発行「Monthly IHEP(医療経済研究機構レター)」No.128 p28 所収)

 


 

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