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富裕税の創設を急げ  岡部陽二

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富裕税(金融資産課税)の導入は世界的な潮流

 富裕税(Wealth Tax)とは、個人に対する資本課税の一つで、総資産から総負債を差し引いた純資産に対して課税することである。富裕層の純資産に毎年課税することにより、富の偏在を是正を目指している。

 この税を実施している国は、オランダ、スイス、ノルウエーなど欧州諸国が中心で、アジアではインドが導入している。

 オランダの課税方式はユニークで、個人ごとに保有する純資産の価格から基礎控除を差し引き、その価額の4%をみなし所得として毎年30%の課税が行なわれている。オランダにはキャピタルゲイン税があったが、キャピタルゲインの額を捕捉するのは容易ではないので、一定額以上の資産を有する者は、その資産から毎年4%の収益を得ているものとみなして課税する方式に転換したものである。外形的には所得税であるが、実質は資産税であり、それまでにあった富裕税は廃止された。

 米国では、バイデン政権になって民主党内で超富裕層に的を絞った「富裕税構想」が浮上している。現行税制では、莫大な資産を持っていても、実際に売却し、利益を所得として得るまでは課税されない。米国の富裕層400世帯が2010~18年に負担した平均の連邦個人所得税は8.2%であったとの試算も公表され、富裕税導入への気運は高まっている。

 長期的な視点で見た不平等の拡大を研究して「21世紀の資本」を著したフランスの経済学者トマ・ピケティーは、世界的な協力体制のもとで、富裕層の個人資産に累進税率を課するべしとの提言をしている。たとえば、「100万ユーロを超える金融資産・不動産の合計から負債を差し引いた「純価値」を課税ベースとし、毎年1%、2%といった累進税率での課税である。

 毎年の資産ベース課税導入の主張は、①相続税のような1度きりの課税では公平性が保てないこと、②資産から生じる所得への課税(資産所得税)では、租税回避などが生じやすく実効性が薄いことを挙げている。

 ピケティーは、累進税の根拠として、不公平の是正だけではなく、資産の規模が大きいほど収益率も大きくなるという実態の反映を強調している。

日本の富裕層は急速に増加

 野村総研の調べによると、2019年末の金融資産から負債差引き後の純資産5,000万円以上保有の富裕層(上部3階層)の金融資産保有額は546兆円から588兆円へと、2年前と比べて42兆円増加、保有世帯数も25.6万世帯増加した。増加率はそれぞれ、7.7%、5.7%であった(図1)。
 超富裕層および富裕層の純金融資産保有高は、それぞれ15.6%、9.3%増えており、富裕度が高い層ほど、純資産の増加ペースも高い。この増加ペースは、この2年間の家計金融純資産(日銀・資金循環表ベース)増加率の1.2%(1,560兆円から1,591兆円)に比して、きわめて大きな伸びである。

 この野村総研の調査が始まった2005年との対比では、超富裕層の金融資産保有額は110.9%増加(46兆円から97兆円へ)、富裕層では41.3%(167兆円から236兆円へ)増加しており、何れもこの間の家計金融純資産の増加率33.2%(1,194兆円から1,591兆円へ)より高い。

 経済成長がほとんどなく、景気低迷が続いている日本において、投資収益の伸長が大きいことから富裕層の純金融資産が急増し、金融資産ベースでの貧富の格差が急速に拡大しているのである。

 このような格差急拡大の事態を放置して置いてよいのであろうか。

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 1970年代ごろには、日本は「1億総中流」の国とも言われ、貧富の格差が比較的小さい平等社会の国と評されていた。ところが、最近の「上位10%の富裕層の所得が全体に占める比率」の国際比較では、日本は40%強と、米英両国に次いで集中度が高く、ドイツ・フランス・スエーデンなどの欧州諸国を上回っている。(図2)

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 また、社会における所得配分の不平等さを表す指標である「ジニ係数」でも所得再配分前後ともに、米・英に次いで不平等度が高く、OECD平均をも上回っている。

日本の富裕層はフリーターより税金を払っていないという不都合な真実

 日本の所得税は累進制で最高税率は45%(地方税と併せると55%)と高く、金持ちがことさらに優遇されてはいるという主張は間違っているという反論も聞かれるが、これは事実に反する。所得税の最高税率は確かに高いものの、証券分離課税税制の結果、たとえば国民年金以外の所得が配当と証券売却益だけの資産家は20%しか税金を払っていない。

 元国税調査官の大村大次郎氏(ペンネーム)によれば、「年収5億円の配当収入者」と「年収200万円のフリーター」の税・社会保険料負担率を比較すると、フリーターの負担率の方が7%も高い(表1)。

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 国民の税負担を検討する上では、税金と同様の負担である社会保険料を含める要がある。現に、国民健康保険の納付書などには「国民保険税」と記されている。庶民にとっては年金・健康保険などの社会保険料の負担が税金よりも重いが、富裕層の保険料については上限が低く、きわめて優遇されている。たとえば、国民健康保険の場合には、介護保険と併せて上限が約100万円で、いくら収入があっても、年100万円以上支払う必要はない。消費税についても、逆進性が高い。

日本の金融所得課税は、庶民にとって世界屈指の重税

 わが国の金融所得課税は現在20%で、欧米と比較して税率が低いとの見方もある。たしかに、独・仏などの証券所得分離課税の最高税率は高い。しかし、他国では累進的な所得段階課税とするとか、高所得者には総合課税とするなど、所得の多寡に応じて低所得者には低い税負担としている。これに対し、わが国は所得階層別に区別することなく一律に20%(国税;15%、地方税;5%)である。(図3)

 要するに、わが国の金融所得課税には所得段階課税もなければ、総合課税への切り替え強制もしていないという点が欠陥である。その結果、給与で年間100万円稼いでも所得税はゼロであるが、証券取引で100万円儲けると20万円の税金が掛かる。


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 図3から明らかなのは、年間の総所得が1,500万円以下の納税者にとっては、給与所得などの国税実効税率が15%以下であるのに対し、金融所得に対する国税は一律に15%が課せられている不条理である。(図1の合計所得金額1,500万円以下の赤斜線部分)

 勤労所得には累進制が適用されているのに対して金融所得については一律20%となっているため、年収1,500万円以下の個人投資家にとっては酷税となっており、大多数の庶民にとっては、日本は世界でも屈指の金融所得重税国と言える。

 そもそも、金融所得課税は、給与所得などで稼いで所得税を支払ったのちの資金を投資した果実への課税である。したがってその税率は勤労所得課税よりは低くすべき、との趣旨で、低率に抑えられたものである。

 しかも当初は10%であった税率が、少額投資非課税制度(NISA)の導入を機に、2014年度に20%に引上げられた。これをさらに引き上げるよりは、勤労所得や年金所得にかかる所得税率を引き上げる方が税負担の公平性の理にも適っている。

 なお、2019年度の個人所得税収決算額は19.2兆円、うち金融課税分は5.6兆円(内訳は配当税収;4.9兆円、株式等譲渡益税収;0.7兆円)と、金融所得課税が約30%を占めている。

「1億円の壁」を金融所得課税強化の論拠とするのは的外れ

 ところが金融課税強化の論拠は、もっぱら「1億円の壁」に集約されている。これは、超富裕層の総所得に課せられている所得税が、合計所得金額;1億円での実効税率約30%をピークとして、総所得が増えるにしたがって税負担率が逓減しているのは不公平であるという主張である。 (図1)

 たしかに、配当所得や株式譲渡益などの金融所得は富裕層に集中している。国税庁統計によると、配当所得と株式譲渡益が各3,000万円超の人数はともに全申告者の1割前後であるが、彼らの所得は配当所得で全体の7~8割、株式譲渡益で8~9割を占めており、その比率は年々上昇している。高所得者への富の集中が進んでいるのは間違いない。

 「1億円の壁」は、現行の分離課税税制では、総所得に占める金融所得の比率が85%を超えると総所得に対する実効税率が徐々に下がって、最終的には国税については15%に収斂するという自明の理を表しているに過ぎない。

 このような高所得者層の所得が大半を占める金融所得に対して、20%という一律税率での分離課税を適用してきた結果、「1億円を超す高所得者ほど所得税負担率が小さくなる」という矛盾の拡大を放置してきた政府の罪は重い。この課税政策の誤りは直ちに正す必要がある。

 本来、所得税はあらゆる所得を合算して、それに超過累進税率を(現在の最高は45%)を課す総合課税が基本であるべき。「株式市場活性化のため」といった政策上の理由で分離課税としてきた低税率を総所得1億円超の超富裕層にまで適用する合理性はない。

 もっとも、総所得1億円超の納税者数は約2万3千人と総人口の0.02%にも満たず、彼らの申告ベースでの所得税納税額は8,750億円(2019年)に過ぎない。これから推計すると、1億円超の高所得者のみを対象として総合課税化しても、せいぜい5,000億円程度の税収増に留まり、財政健全化への寄与はきわめて小さい。

 いずれにせよ、金融資産分離課税の一律税率をいくら引上げても、1億円超の高所得者に対しての不公平是正策とはならない。

 岸田総理は総裁選で金融所得課税の引上げをぶち上げたものの、与党内からも批判が噴出したため「当面は実施しない」といったんは矛を収めた。しかし、来年度税制改正大綱の「検討事項」には重要課題として明記されている。つまり、今年の参院選後には必ず現行の金融所得課税20%(復興特別税0.315%を除く)が一律25%ないしは30%に引き上げられるという見方が濃厚である。

 筆者は金融所得課税の増税は最悪の選択と考える。この際、金融「所得」課税ではなく、金融「資産」課税へ大きく舵を切る税制のシフトが必須である。

このままでは国家財政は破綻する

 本年11月号に矢野康治財務事務次官が文藝春秋に寄稿した警鐘のタイトルである。

 誰が総理になっても1,166兆円の国の借金からは逃げられない。コロナ対策は大事だが、人気取りのバラマキが続けば、この国は沈む。最近のバラマキ合戦のような与野党の政策論議を聞いていて、黙っているわけにはいかないとやむにやまれぬ大和魂の義憤からの矢野発言である。

 国際比較で見ても、先進諸国はどこともに債務残高を増やしているが、日本の対GDP比224%は突出している。増加ペースで見ても、多くの国はリーマンショックを受けて増加した債務をその後は抑制してきたが、日本のみは一貫して増加を続けており、破綻不可避と断ぜざるを得ない。(図4)

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 日本財政を「氷山に向かうタイタニック号のようなもの」にたとえた矢野論文も財政破綻の定義を明確には示していない。「財政破綻」が何時、どのような形で起きるかを予測することは誰にもできないからである。

 しかしながら、政府は事態を楽観視して、2025年のプライマリーバランス黒字化目標を取り下げてはいない。コロナ禍対応の臨時支出100兆円強は別途特別税で手当てして20年ほどで償却すれば、多少のずれは生じても黒字化達成可能と考えているのであろう。

プライマリーバランス黒字化へ向けての新財源には「富裕税」が最適

 長期的に税収のベースを底上げできる現実的な新財源としては、個人の金融資産に的を絞った「富裕税」の新規創設しかない。

 法人税の大幅増税、ことに留保利益課税も対象にはなるものの、法人税の実収総額は9兆円と少なく、課税ベースを広げても、せいぜい年間2~3兆円の増収しか期待できない。

 昨年末に2,000兆円を超えた個人の金融資産に幅広く課税する金融「資産」課税も検討に値するが、預金や現金を含む全金融資産を対象とするには、個人金融資産と個人情報とのヒモ付けが不十分な現状では徴税コストが掛りすぎ、国民の理解を得るのも難しい。

 そこで、もっとも実現性の高い新税として、金融資産保有額5,000万円以上といった富裕層個人に絞って賦課する、いわゆる「富裕税」が浮上する。

 税金の賦課対象には、法人と個人、個人については所得と消費、それに資産の保有があるが、現行の税制ではそのバランスがとれていない。法人税の比重が低い点と資産課税の比重が極端に低い点が問題である。国税の資産課税は一時点のみで課税する相続税が中心で、経常税は存在しない。地方税として固定資産には課税されているものの、金融資産には国税・地方税とも非課税である。

 財務省の資料(国税)によれば、税種目ごとの割合は、1990年度では、法人税が41.4%、個人所得税が29.3%、消費税が22.0%、資産課税が7.3%であったものが、最新の2021年度になると、法人税が19.6%、所得税が30.6%、消費税が44.7%、資産課税が5.1%となっている。30年間で、法人税の割合が半分以下に減り、消費税依存が倍増しているのは異常と言える。個人所得税の割合は横這い、資産課税の割合はもともと低いが、さらに低下している。

 この歪な税収比率から見ても、資産課税の導入と法人税の大幅増税との抜本的強化が急務と言える。

「富裕税」の導入には、貧富の格差是正の観点が不可欠

 過去には、シャープ税制勧告により1951年に「富裕税」が導入された。ところが、この富裕税は運用上の困難から2年後に廃止され、所得税の最高税率を上げることで対応されたが、最高税率はその後引き下げられた。

 その後は、保有資産の多寡による社会的格差の是正といった社会政策的な観点からの政策議論はほとんど行われていない。その根拠として憲法が定める「財産権の不可侵」を絶対視する見方もあるものの、憲法では「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律で定める」とあり、富裕税はこの趣旨にぴったりと合致した公共政策と言える。

 富裕税の導入は、さきに「1億円の壁」の解消策として提起した高所得者のみに限った総合課税化の代替策ないしは補完策ともなり得る。

 富裕税を支持するもう一つの実証的根拠は、富裕層が保有する金融資産のかなりの部分が将来不安に備える合理的な水準を超えて、家族に遺すことが目的で保有されているという実態である。

 富裕層が蓄財した金融資産の過半が、金融所得の一律分離課税の恩恵によるものである以上、その是正を相続時の清算まで待つ必要はない。

 毎年、富裕税で回収して社会的規模での再配分の財源に充てるのは、きわめて合目的的な社会政策となる。

醍醐聡東大名譽教授の「富裕税試案」をベースに活発な議論を

 このような状況を踏まえて、醍醐聡東大名誉教授(会計学専攻)は、純金融資産5,000万円以上を保有する富裕層475万世帯を対象に金融資産保有額を3つの階層ごとに、1.5%、2.5%、4%の富裕税を毎年徴収する試案を発表されている。この新税導入による税収額は年間約7.3兆円と見込まれる。(表2)

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 この新税の平均税率は保有資産の1.2%(1億円以上の富裕層に限れば1.8%)となる。

 戦後いったん導入された富裕税が短期間で廃止されたのは、課税回避のために資産を海外逃避させる資産家が続出して、課税対象の捕捉が困難になったという徴税執行上の理由によるものであった。

 しかしながら、海外逃避については2012年に導入された「国外財産調査制度」(5,000万円を超える国外財産の申告義務)や国際協力によるタックスヘブン資産の捕捉強化などの体制整備が急速に進んでいる。

 課税対象の捕捉についても、3億円以上の資産をもつ納税義務者に対して各財産の詳細を報告するよう義務付けた措置などで徴税事務のコストダウンが図られており、マイナンバーによる名寄せも期待されている。

 コロナ禍により貧富の格差が急速に進み金融資産の偏在が拡大している今こそが導入の好機である。個人金融資産はコロナ禍の影響によりむしろ増加ペースを上げている。リーマンショック時の2007~08年には15兆円減少したのとは様変わりである。

 政府と与党の税制調査会では、金融所得課税の引上げ案は棚上げし、この醍醐試案をたたき台とした「富裕税」の早期実現に向けた議論を早急に始めていただきたい。

(元住友銀行専務取締役、明光証券代表取締役会長、広島国際大学教授)

(2022年5月27日発行、東証ペンクラブ機関誌「ペン 2022 令和4年」号、p62~73所収)

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