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働き方改革はデフレ脱却のための王道

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    1980年代までは自動車・電機などの代表的な企業を中心に構成される労組と経営側との交渉で決定される給与ベースの賃上げが経済界全体の相場と受け止められて、非製造業や中小企業など生産性が必ずしも向上しない産業も賃上げに追随して理髪代やクリーニング代といったサービス産業の価格も毎年上昇してきた。

 

ベアゼロの長期化と非正規雇用の急拡大が「しぶといデフレ」の実相 

   ところが、1990年代に入って電機や鉄鋼を中心とする主力企業が競争力を失い、新興国との価格競争に巻き込まれるようになると、毎年のベースアップは困難となり、逆に非正規雇用を増やして賃下げによるコストカットに注力するようになり、これが全産業に波及した。賃金が毎年下がる環境下で、消費が増え、物価が上昇することはあり得ない。

ベアゼロの長期化と非正規雇用の急拡大がその後20年以上にわたるしぶといデフレの実相であったと要約できる。 

 

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   この悪循環に気付いた安倍政権がようやく「働き方改革」というスローガンを掲げて、企業に賃上げを促し、それを製品価格やサービス料金に反映させるべく、政策の舵を大きく切ったのは、遅きに失したとはいえ、実態経済を動かせてデフレに終止符を打つという真正面からの適切な経済政策と評価できる。同一労働同一賃金を実現して、「非正規を死語とする」という安倍主首相の意気込みには敬意を表したい。

   しかしながら、経団連首脳はじめ大企業の経営者は「働き方改革」に冷やかであり、非正規を全廃して毎年のベースアップを復活し、同一労働同一賃金を自ら率先して実現しようという当事者としての改革へ向けての責任感はまったく感じられない。

筆者は2%の物価上昇目標をクリアするには、マイナス金利やばらまき財政ではなく、この「働き方改革」こそが正攻法ではないかと考えている。そこで、この政策を遂行するには、どのような具体的な政策が有効であるのか、考えてみたい。

 

労働分配率と労働生産性は主要先進国で最低 

   1990年代に入って、先進諸国は例外なくわが国が直面した新興国との競争激化を同様に経験している。

   ところが、「雇用者1人当たり名目雇用者報酬÷就業者1人当たり名目GDP」の国際的な共通尺度で測った「労働分配率」の推移をOECDのデータが揃っている2011年までの35年間についてみると、わが国の減少幅が15.5%と格段に大きい(英国はこの間にわずかながら増加している)。とりわけ2000年以降の落ち込みが突出して大きい(図1)。

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   わが国の民間企業で働く人の平均給与は1997年に467万円のピークを付けた後減少に転じ、2009年に406万円で底を打った後、図1のグラフに含まれていない最近3ヵ年は微増に転じているものの、2015年でも420万円とピーク時対比約10%減少している。雇用形態別では、正規労働者の平均給与は485万円、非正規が171万円で2.8倍の差がついている、しかも、非正規の数は毎年ほぼ5%のペースで増加し、すでに11百万人に達している。

   労働分配率の低下は、企業が収益を内部留保として溜め込む比率を引上げ、人件費の支払いを抑制した結果であるが、2000年以降の分配率急減はまさにこの非正規の増加を反映している。わが国の労働分配率は、時系列で見ても歴史的な低水準に陥っているだけではなく、先進諸国と比べても極端に低い水準にある。この事実はメディアも報道せず、意外と知られていない。

国際市場で公平に競争するには、雇用環境についてもイーコール・フッティングが前提となるべきであるから、少なくとも先進国でわが国に次いで低い米国並みの水準を目標として、労働分配率の引き上げを図らなければならない。 

   次に労働生産性(PPPで評価されたGDP÷就業者数、2014年)を見ると、わが国は$72,994OECD 34ヵ国中21位、イタリア、スペインなどを含む先進諸国はもとより、ギリシャ:$80,873、アイスランド:$80,556よりも低い。2012年までの42年間の推移を米国との対比で見ても、1980年には米国の77%まで上昇した後、その後は一貫して低下し、2012年には米国の63%には留まっている(図2)。


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この指標では高齢化に伴う就業率の低下による影響は排除されているので、日本人の働き方がサービス産業を中心にいかに非効率であるかを如実に反映している。 

 

働き方改革へ向けての提言 

   政府の経済諮問会議の民間議員は、賃上げ主導で消費者物価を押し上げ、物価2%目標の実現を目指すべきとの提言を930日にまとめ、継続的な賃上げには生産性の向上が不可欠と強調して、「同一労働、同一賃金」「長時間労働の是正」「転職支援の強化」など9項目にわたる施策を掲げている。

   いずれもスローガンとしては立派であるが、具体的な施策や数値目標は示されていない。

筆者としては、数値目標として①労働分配率を70%へ引上げる、②労働生産性を米国の70%まで引上げるといった、国際的にみて他の先進国に遜色のない目標水準を掲げ、その水準への到達年次を、たとえば5年以内と、明確に定めるべきと考える。

IMF928日にまとめた対日経済政策提言で日本に継続的な賃上げを促す「官民ガイドライン」の導入を求めている。このガイドラインに盛り込まれるべき必要な政策手段としては以下に例示したような抜本策が必須であろう。

1、     企業の雇用者に占める非正規の比率は一律5%以内と定め、違反企業への罰則を設けるとともに、社会保障負担を含む正規雇用と非正規との給与差額は税制上「みなし利益」として法人税を賦課する。

2、     長時間労働についても、現在認められている労使特約による骨抜きは非合法化し、残業時間に週5時間といった一定の上限規制を定めて罰則を強化する。また、労働時間の長さではなく、成果に賃金を支払う「脱時間給制度」の導入企業を税制面などで優遇する。

3、     諸外国では従業員が有給休暇をフルに使用しなかった場合には、それを買取る義務を企業に課しており、そのための有給休暇引当金も積立てられている。有給休暇がフルに取得されていない事例が依然として多いわが国もこの制度を早急に取り入れる要がある。

4、     トマ・ピケティの提言を容れて「先ず隗より始めよ」で公務員給与ベースを5年間で2割ほど引き上げる。一方、規制撤廃を進めて公務員定数は2割削減する。さらに、公務員給与の年功制を廃し、「同一職務、同一給与」の職能給制に転換する。「東京での会社設立には8種類の手続きに最低10日は要するが、ニュージーンドでは1種類、半日で済む」といった生産性の低いお役所仕事をすべて整理し、IT化やロボットでの代替を進めれば、公務員数はまだまだ減らせる。

5、     マクロの目標値だけでなく、民間企業にもそれぞれに「同一労働、同一賃金」や「長時間労働撲滅」へ向けての数値目標を定めるように勧奨する。東証は上場企業の「コーポレート・ガバナンス・コード」にこれらの目標値の開示を求め、実施状況をチェックする。

 

 

 

 

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