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東京大学名誉教授貝塚啓明氏とのIHEP有識者インタビュー ~介護保険制度改革の方向性について

         
 
話し手: 東京大学名誉教授、中央大学研究開発機構教授 貝塚啓明 氏
聞き手:医療経済研究機構専務理事 岡部陽二 

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 2000年4月にスタートした介護保険制度は5年後に見直すことが決まっており、来年4月がその5年目にあたります。現在、社会保障審議会介護保険部会においてその改革案が議論されており、7月30日には、同部会報告「介護保険制度の見直しに関する意見」がまとまりました。今回は、社会保障審議会会長であり、同審議会介護保険部会部会長である貝塚啓明氏をお招きして、「介護保険制度改革の方向性について」お話しをお伺いしました。

〇 介護保険制度の評価

岡部 2000年4月にスタートしました介護保険制度の利用者数は発足時の2000年4月時点では149万人であったものが、2004年1月時点での利用者は309万人と倍増、総費用額も2004年度予算ベースで、約六兆円にまで拡大しています。量的にはかなり充足度が高くなったのは明らかですが、介護保険制度施行からのこの四年間をどのように評価されますか。 

貝塚 私は、制度としては大局的には成功したと思っています。それは、介護保険の制度設計の方向性が正しかったからであると考えています。
 介護保険制度は、諸外国でもあまり前例のない制度です。そのように難しい介護保険の導入が、なぜわが国でうまくいったかというと、「そもそも家族の中で高齢者の介護をだれが担っていくのか」という強い問題意識があったからだと思います。かつては家族の中で介護を行っていましたが、その高齢者を支えている家族も六十歳を過ぎている老老介護のケースも多くなり、もはや家族の中で解決できる問題ではなくなっていました。そこで、高齢者介護を「社会化」する必要性があったのです。介護保険制度によって、その「社会化」がある程度実現したという点で、成果は大きいものと評価できます。
 いずれにしろ、介護保険がわが国の社会保障制度の中で、非常に重要な部分を担うことになった事実は間違いありません。

岡部 介護保険制度は医療保険ではうまくいかなかった点等を徹底的に分析して、設計された制度でもありますので、大枠としては大成功であったと私も考えています。ところが、マスコミの評価は少し短絡的で、評価面の記事が少なく、むしろ問題点を強調しすぎているような気がしますが。

貝塚 そもそも初めての制度なので、もともとから見直しすべき点が出てくるということは当然のこととして予想されていました。ただ、見直すべき点をマスコミが強調するあまり、成果を評価していないように見られるのではないでしょうか。

〇 介護保険制度改革の方向性  ~ ケアマネジメント・システム

岡部 ケアマネジャーは数に関してはほぼ充足しているようですが、ケアマネジメント事業所の9割以上は他のサービス事業所や施設と併設されているようですね。併設型の場合、自らのサービスをケアプランに位置付ける傾向があることから、公正・中立の観点から改善が必要であると指摘されているようですが、ケアマネジャーのあり方の改善方策についてのご意見をお伺いしたいと思います。

貝塚 この点については、ケアマネジャーにある程度中立性を持たせるのが本来の姿だと思います。このため、今回の「介護保険制度の見直しに関する意見」では、介護保険制度における事業所の指定とケアマネジャーの指定を独立して行い、それぞれの責任を明確化する「二重指定制度」を導入することや不正行為に対する罰則を強化するなどの見直しが必要であると提言しています。二重指定というのは、現行の都道府県知事による居宅介護支援事業所の指定という事業所の審査とは別に、そこで働くケアマネジャーについても適正であるかどうかということを別途分けて審査するということです。

〇 介護保険制度改革の方向性 - 介護予防サービス

岡部 介護保険制度改革の大きな方向としては、基本的には給付を制限するなどして、増え続ける給付を効率化・重点化する方向性が示されています。その目玉として、生活援助(特に「家事代行」)型の訪問介護、通所介護、福祉用具貸与などはなるべく抑えて、「介護予防」に注力すべきであるという提案がなされていますが。

貝塚  今回の議論で、新たに「介護予防」の重要性が指摘されました。現在は、生活援助(特に家事代行)型の訪問介護などが介護保険の対象になり、相当の給付が行われています。介護保険制度本来のあり方から見れば、軽度者に対するサービスは利用者の要介護度の維持や改善につながることが期待されますが、実態としては、軽度者の改善率は、低く、予防効果を示していないのではとの指摘もあります。たとえば、バリアフリーの設備を家の中にすべて設置しなければならないという訳ではなく、自分の体がやや不自由になってきたら、まずはできる範囲で自分で動くということが重要であるということです。自分で身体を一生懸命動かしている間に、自然と老化予防になるはずだということです。そのような発想の転換が必要です。

岡部 なるほど。生活援助(特に家事代行)型の訪問介護などの行き過ぎが、身体機能の退化を招くという発想ですね。

貝塚  つまり、要支援や要介護度1などの利用者については、本来、費用的にはあまり掛からないはずなのですが、これらの者に対する給付が予防効果を示しておらず、利用者自体が非常に増えているので、給付額も増えてしまっているのです。

岡部 介護予防に注力すべきという医学的な理論はよく分かります。毎日体操をするといったことは、いいことには違いないわけですが、これを要介護者に継続して実施してもらうと、結果的に介護費用はさらに膨らんでくるのではないでしょうか。

貝塚 その点については、中長期的に見て重度化しない人が増えれば、かえって介護費用を抑えることができると考えています。重要なことは、「介護予防」という発想です。要支援、要介護度1など要介護度の低い人たちは、いわば本格的な介護サービス受給の予備軍なのです。予備軍のところである程度給付をコントロールすることが望ましいと思われます。

〇 介護保険制度改革の方向性 ~負担のあり方

岡部  生活援助(特に家事代行)型の訪問介護などへの過度の依存を防ぐ方策として、たとえば要支援や要介護度1の要介護度が低い人には、一割負担ではなく、三割負担とするといった要介護度による負担のあり方の見直しとか、医療保険でその方向性を出しているように、高齢者は基本的には一割負担としても、高所得の高齢者は二割負担にするなどの所得による負担のあり方を見直すといった考えはいかがでしょうか。

貝塚 それも一つ考え方だと思います。ただ介護保険の場合は、もともとサービスを提供する形態が様々です。さらに、施設により利用者負担の範囲も違います。例えば、有料老人ホームやグループホーム等は、居住費用などのホテルコストを利用者負担としていますが、介護保険適用型療養病床、特別養護老人ホームなどについては、ホテルコストは保険給付に含まれています。そして重要な点は、在宅での介護を重視する日本の介護保険制度において、依然として施設志向が強いという現状があります。その根底には、利用者負担の不均衡があると言われています。したがって、まず、現状では制度給付の対象となっている居住費用や食費についての給付の範囲や水準の見直しを行い、利用者間の不公平感を無くすことが先決です。

岡部 今回の「介護保険制度の見直しに関する意見」では、施設入所・入院者の住居費用や食費について給付の範囲や水準の見直しを検討するに当たっては、低所得者への配慮についても検討する必要があるとされていますが、その場合、フローだけでなく、ストックについての考慮も重要ではないかと考えます。所得基準だけではなく、本当に財産がない人は免除するが、ある一定の基準以上の資産を保有している人は免除しないといったことはできないのでしょうか。

貝塚 資産基準も考慮すべきとは思いますが、現状では保険者である市町村がそのようなチェック機能を持てるかといえば、規模が小さすぎて無理ではないかと思います。まだ、介護保険部会ではそこまで踏み込んだ議論にはなっていません。

〇 介護保険制度改革の方向性 ~財源拡大の問題など

岡部 障害者支援費制度との統合の議論は別として、保険料の納付義務者の範囲を20歳まで下げるべきか否かが議論されています。保険料の納付義務の対象者を20歳以上とすべきとの考え方は以前からあったものと思いますが。

貝塚 先にも申し上げましたように、わが国の介護保険制度がなぜできたかというと、家族による高齢者介護が社会問題化していたという時代背景があります。家族の介護負担を軽くするために介護保険制度ができたわけです。このような中、被保険者・受給者の範囲については、最終的には、老化に伴う介護ニーズは中高年期にも生じるということのほか、40歳以降となると一般に老親の介護が必要となり、家族の立場から介護保険による社会的支援という利益を受ける可能性が高まることにより、「40歳以上の者」とされたわけです。この「被保険者及び保険給付を受けられる者の範囲」の問題については、法施行後5年を目途とした見直しの検討項目の一つとして掲げられていますが、家族による介護負担の軽減効果があるのは主に中高年層であるなどの点から、「40歳以上の者」に保険料負担を求めることについて一定の納得感があり、被保険者・受給者範囲の拡大については慎重であるべきとの考えもあり、もう少し議論しなければならないと思います。
  いずれにしても、この問題は、さまざまな観点から議論をしなければならない問題であると考えますが、介護保険の財政的な安定性という観点からは、まずは給付額の抑制に努めるべきであって、保険料の引上げや納付義務者の範囲の引き下げを検討する前に、いろいろやるべき手だてを尽くすべきだと思います。これはわが国の財政赤字についても全く同じで、増税する前に歳出を相当カットしたうえで、それでも足りないのであれば増税に踏み切るべきでしょう。

岡部 介護保険3施設である介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)、介護老人保健施設、介護療養型医療施設の機能分化ないしは一体化についての議論の状況はいかがでしょうか。

貝塚 介護保険三施設の機能については、3施設それぞれの入退所(院)者の実態を踏まえると、「生活を支援する機能」、「在宅生活への復帰を支援する機能」、「長期の療養を支援する機能」に大別されます。今後の施設サービスの方向性としては、これらの機能の一層の明確化を図ることが重要であると考えており、その旨「介護保険制度の見直しに関する意見」にも盛り込まれています。

岡部  お忙しいところありがとうございました。

                          (取材/編集 山下)

(2004年10月医療経済研究機構発行「Monthly IHEP(医療経済研究機構レター)」No.125 p1~6 所収)

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