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アイスランド経済の氷解

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豊かであった先進国、アイスランド

 アイスランドは、今回の金融危機で国家財政が破綻し、GDPの85%を失ったと、去る10月30日にハーデ首相が宣言した。民間銀行を公的管理下に置いた結果、同国の対外債務はすでにGDPを上回っている。同国の通貨クローネは、一ヵ月で半分に減価し、同国の資産は一挙に半減した。どのようにして、アイスランド経済は崩壊したのか、具に分析してみたい。

 英国の北々東約1,000キロに浮かぶ北海道と四国を合わせたほどの広さの北海の孤島・アイスランドは、直訳すると「氷の国」であるが、実際は火山の塊でむしろ「火の国」である。地熱発電で大規模なアルミ精錬が行われ、首都レイキャビックの全戸に暖房が行き渡っている。

 アイスランドの人口は、31万人弱、GDP;200億ドル(約2.2兆円、2007年IMF統計)、一人当たりGDPは66,355ドルと世界第3位、平均寿命も81.4歳と世界第4位の豊かな国である。これは、漁業資源と安価なエネルギーに支えられた精錬産業などが経済成長を加速させてきた結果であるが、近年はGDPに占める漁業のシェアが1980年の16%から2006年には6%に急落、代わって金融・保険・不動産業のシェアが同期間に17%から26%に上昇を見ている。

 アイスランドは、9~10世紀にノールウェー人と英国からのケルト人が無人島に移住して興した国である。新しい国を目指した移民たちは王による統治ではなく、民主的な合議による自治を目指した。これが、930年に発足した世界最古の民主議会「アルシング」であり、レイキャビックから東に50キロほどの景勝地にその遺跡が残っている。

アイスランド3商業銀行のヴァイキング活動

 アイスランドの商業銀行は2000年まで、すべて国有で中央銀行も存在しなかった。1944年にデンマークから分離独立後も、通貨はデンマーク・クローネが使用されていた。2001年に制定された新法で、アイスランド・クローネ(ISK)を発行する世界最小規模の中央銀行が誕生し、同時に民間金融部門の民営化が決定された。2003年には、完全に民営化されたKaupthing Bank, Glitnir Bank, LandesBankiの3民間銀行が出揃い、競って業務の多角化、国際化を一挙に進め始めた。

 アイスランドはもともと金融資産も豊かな国であったが、それにしても下表に見られるとおり、国有銀行から独立した翌年の2004年からわずか3年間で総資産を4倍の20兆円に増やし、同国GDPの9倍にまで膨らませた3商銀の急拡大戦略には目を瞠るものがある。

 この表を見て驚くのは、貸金が預金の3倍以上あり、金融資産への投資も加えると5倍以上になる。健全な商業銀行の預貸率は通常70%程度であるから、アイスランド3商銀の預貸率300%を超える経営は、レバレッジを効かせて借入で総資産を数倍以上に膨らませるヘッジ・ファンドの運用姿勢と何ら異なるところがない。2007年末には預金が急増しているが、これも異常であり、おそらくは市場からの借入金の一部を金融機関からの預金に振り替えたものであろう。ユーロ市場では、預金と借入に厳密な区分はなく、このような経理操作も簡単にできる。
 
 3商銀の貸金や金融資産の健全度は疑わしいが,10月上旬にこの3商銀が相次いで破綻したのは不良債権の発生によるものではなく、サブプライ問題に端を発した金融危機で、資金の出し手がなくなり、流動性が枯渇して市場からの借入ができなくなったためである。ユーロ市場からの借入に依存して国際業務を展開してきた邦銀は、過去に何回かこのような流動性危機に遭遇し、これを国内資金からの支援などで凌いできた。この3商銀が、ユーロ市場からの資金は何時でも潤沢にとれると勘違いしていたとすれば、あまりにも幼稚である。IMFからの緊急融資20億ドルだけでは、到底この流動性不足をカバーすることはできない。

 3商銀資産の過半を占めるカウプシング銀行について、その国際化の軌跡を見ると、これも凄まじい。同行の2007年度営業利益の内訳は、国内が33%、英国26%、北欧諸国31%となっており、利益の2/3を国外での営業で稼いでいる。2004年には、デンマークの中堅商銀FIH Erhvervsbankを買収、2005年には英国の名門行Singer & Friedlanderを買収、M&Aによる安直な国際化を進めてきた。そのほかにも、スイス、ベルギー、米国、UAEなどに拠点を有している。

 また、ランズパンキ銀行の破綻は、英国との外交摩擦にまで進展している。英国で営業をしている同行子銀行の「アイスセーブ」には、高い金利に釣られてアイスランドの人口に匹敵する30万人の英国人や地方自治体などが口座を開設していたが、アイスランド政府が口座を凍結、預金が引出せなくなった。これに対抗して、英国政府は反テロ法を適用して、アイスランド系銀行の資産を差し押さえたといった泥仕合である。欧州全域では、数十万人の預金者や投資家の資産が凍結されており、これを正常化するには、EUによる全面的な金融支援を俟たなければならない状況に追い込まれている。

格付け会社の詐欺的格付け

 2006年10月にカウプシング銀行が東京市場で発行した500億円のサムライ債が、本年10月に債務不履行に陥り、わが国にも被害が及んでいる。このサムライ債は、発行時にムーディーズのA1、フィッチ・レーティングスのAの格付けを取得しているが、預貸率300%といった流動性無視や低い自己資本比率、国際化の仕振りからして、同行の信用がどうしてA格となるのか全く理解できない。さらに、アイスランド国債には、本年に入って引下げられるまで、トリプルAの格付けが賦与されていた。中央銀行が新設されたばかりで、銀行監督機能を持っていない小国の国債にどうしてこのような高格付けが付けられるのか、証券化商品だけではなく、企業リスクについても、格付けは信用できない。

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(2008年12月26日、外国為替貿易研究会発行「国際金融」2009年1月1日付け1196号p40~41、並びに2008年12月1日、日本個人投資家協会発行「きらめき」11月号所収)

 

 

 

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