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中東の3Pを訪れて~国際商人が活躍した舞台は今

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 「中東の3P」として知られるペルセポリス、ペトラ、パルミラの古代遺跡はオリエント学者のみならず、中東の文化や歴史に関心を持つものにとっても生涯に一度は訪れてみたい憧憬の地である。シルクロードの西端に位置するこれらの古代都市は紀元前10世紀頃から順次興隆し、文明発祥の地であるエジプトとメソポタミア双方から文化を取り入れ、さらにはギリシャ、中国の文明も吸収して、壮大な都市国家を建設した。早くから農耕依存を脱したこれらの隊商都市では、フェニキア人の発明によるアルファベットとアラビア数字を駆使する商人、職人、官僚など交易の専門家が重用された。国際商人と云えばペルシャ人、シリア人、ユダヤ人と今でも相場が決まっているのも頷ける。古代にはこれらの都市はすべて交通の要衝に位置したが、現在では交通の便は至って悪く、またこの地域の周辺では民族紛争が絶えないので、三つの遺跡すべてを見てまわるのは、至難の業とされている。

 私自身、中東へは1970年代初から毎年何回か出張を繰り返してきたが、3Pの遺跡へ足を延ばす機会に恵まれたのは漸く80年代も終り近くになってからであった。ペルセポリスを訪れたのは、8年間続いたイラン・イラク戦争たけなわの1987年9月12日。イラン南部の都市シラーズの北東60粁にあるこの遺跡も戦争のため半ば放置され、イスラム革命で追放されたパーレビ前国王がキュロス大王とダリウス一世を讃えて、この地で1971年に盛大に挙行したペルシャ建国2,500年記念の超豪華式典も夢物語となってしまった。

ペルセポリスは往時の宮殿跡とされ、高さ12米、南北500米、東西300米の石造大基台の上に、今なお14本を数える大理石の列柱群と巨大な建築物の遺構が見られる。正面階段の壁面にはライオンと牡牛の闘いを描いた豪快な浮彫が鮮やかに残っている。この宮殿は紀元前330年、アレキサンダー大王遠征軍の放火で炎上したが、1931年の発掘時には「百柱の間」の床面は厚さ1米の木灰に覆われていたお陰で、壁面の浮彫なども意外な程綺麗に保存された由である。

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 ヨルダンの首都アンマンから砂漠のハイウエーをひたすら南へ下って260粁、紅海の突端に近いペトラを訪れたのは1989年の2月12日。2月でもこの辺りは結構暑かった。両側の山が迫って屏風のように切り立った絶壁に挟まれた幅2米程のシクと呼ばれる峡谷の路の手前で車を降りる。そこから先は馬に跨って約2粁の行程を進むと、突如前方の裂け目から眩しいばかりの光が差し込んできて、眼前に壮大なバラ色の「ファラオの宝物殿」が出現する。この辺り一帯の山腹には日光の当たり具合によって色調が変わる薄いピンク、深紅、紫といった石灰岩の岩肌が露出しており、その岩山をくり抜いて神殿や墳墓、宝物殿などの巨大な建造物がところ狭しと築造されている。

 この隊商都市を築いたのは、紀元前2世紀にアラビア半島から侵入してきたナバタイ人で、最盛期にはダマスカス辺りまでを支配していた。ところが、交易路が北へ移ったこともあって西暦106年にはローマに併合され、東西交易の中継基地としての地位をパルミラに奪われた。それにしても、ナバタイ人は何故岩山に彫刻するという労力の要る建造手法を選んだのであろうか、またこれだけの大都市が1812年にスイス人美術史家に発見されるまで無人のまゝに放置されていたのも実に不可思議である。 

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遺跡にたたずみ平和を願う

 砂塵に包まれたレンガ色のオアシス都市パルミラはシリアの首都ダマスカスから北東へ凡そ200粁、砂漠の真只中に忽然として蜃気楼のように現れる。その質の高さ、規模の大きさからいって世界屈指といわれるパルミラ遺跡を訪れたのは1989年8月6日、真夏のさなかであった。225米四方の広い中庭を囲み、往時にはコリント式円柱が390本立っていたというベル神殿、列柱街路、凱旋門、劇場などの遺跡がいたるところに残っており、昔日の繁栄ぶりが偲ばれた。この町は古く紀元前10世紀にソロモン王が建設したが、最も繁栄したのは紀元後2~3世紀で、東西を結ぶ最大の国際都市であった。この巨大都市もクレオパトラを凌ぐ美貌といわれる「荒野の女王」ゼノビアが宗主国ローマに繰り返し反乱を試みたため、西暦273年ローマ軍によって徹底的に破壊し尽くされた。

 広大な地域にこれらの巨大な構築物を造る程栄えた都市国家が次々と滅んでいったのは、単にギリシャ・ローマの軍事力に屈したというだけではあるまい。経済的、文化的な繁栄の極みのなかで奢侈、怠慢に陥り、内部から自壊したのではなかろうか。3Pの壮大な遺跡に佇み、文明の消長に思いを巡らすと、人間の偉大さと愚かさを教えられる。とまれ、中東の3P巡礼を果たし得た私は幸せであった。一日も早く中東の地にPEACE(和平)、PROSPERITY(経済的繁栄)、POLICE(治安確保)の3Pが実現し、3Pの遺跡に誰でもが手軽に行ける日が待ち望まれる。  (明光証券(株)会長)

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 (1996年11月19日発行、世界週報「Guest Essay」欄所収)

 

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