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自社株買いは株主還元ではなく、「企業エゴ」か

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 上場企業が税金を支払った後に残った純利益や、過去の利益の蓄積の一部を株主に返す(還元する)方法には、「配当」と「自社株買い」の2つがある。

 なぜ自社株買いが還元策となるかというと、株式を買い戻すと1株当たりの利益が増え、その結果として株価の値上がりや将来の増配に繋がるからである。

 しかし「自社株買いは株価にも配当にも貢献していない」という否定論も見られる。株主還元とは認められないとする考えである。自社株買いによる株価の値上がりは一時的なもので、その後の株価は低迷を続けるのがほとんどであるから、というのがその論拠である。

 じつは企業側にとっては、自社株買いは配当よりもメリットが大きい。都合のいいタイミングで、つまり株価動向を見ながら、あるいは資金繰りを睨みながら実施できるからである。現に、自社株買いは、

① アクティビスト受けする短期的な株価対策

② 積み上がった内部留保の活用策

③ 譲渡制限付き自社株式によるボーナス支払いなどの役員・従業員へのインセンティブ

などとして、幅広く活用されており、そもそも株主を意識していないケースも多見される。この見解の当否を検証してみたい。

自社株買いの本家は米国

 日本の全上場企業の配当総額は2018年度まで毎年1兆円を超すペースで増え続け、昨年度はコロナ禍の影響で足踏みしたものの、14兆円強と過去最高を記録した。自社株買いも毎年増え続け、昨年度は7.3兆円と史上最高を更新した。株主還元総額は21兆円に達している。(図1)

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 いっぽう米国の自社株買いは、次元が異なる。

 米国では金融危機以来、企業による自社株買いが史上空前の規模で増えており、とくに2018年にトランプ政権がレパトリ減税(海外で稼いだおカネを米国に戻す場合は軽減税率が適用)を導入してからは勢いに拍車がかかった。大企業の自社株買いは2018年に8,000億ドル(約86兆円)を超え、2019年も7,287億ドルと高水準を維持、アップル1社だけでも7兆円以上という規模である。

 米国企業の総還元性向(配当+自社株買い)は最近5年間平均で100%を超え、その約6割を自社株買いが占めている。(図2)

200901日米の株主還元の推移図2.jpg

 日本はというと配当主体で、しかも総還元性向が過去8年間平均して5割以下に留まっているのであるから、米国企業との間には大きな隔たりがある。
 この差を認識するだけでも、日本株よりも米国株を保有していた方が、株主(投資家)にとっては有利であることが鮮明であろう。

米国企業の自社株買い盛行は日本のお手本となり得るか

 ただ、新型コロナショックを機に過度な株主還元には、株主至上主義の総本山である米国でも反省機運も高まってきた。3月27日に成立した「コロナウイルス支援・救済・経済保障(CARES)法」では大企業が政府から財政支援を受ける条件として、融資の返済から1年後まで自社株買いと配当の実施が禁止され、高額な経営陣の報酬も制限されたのである。たしかにボーイング社や大手航空会社はこの条件を呑まざるを得ないが、GAFAなどの成長企業には無縁であろう。したがって米国企業の場合、自社株買いが今後も続く公算は高い。

 もっとも、米国の株主至上主義が完璧なお手本かといえば、そうとも言えないようである。

 コロナ禍本格前夜の2月20日、日本のNHK・BSで放映された番組「アメリカ株価好調のからくり『自社株買い』」では、米国の投資リサーチ会社、ネッド・デイビス・リサーチ社のE・クリソルド氏が「単純計算ですが、自社株買いが行われなかった場合を考慮すると、S&P500は実際より26%ほど低いはずだ」という分析が披露された。行き過ぎた自社株買いが「株式市場を歪めている」という指摘である。 

 米国企業の場合、自社株買いでもっともメリットを受けるのは会社役員であろう。役員報酬は1株当たり利益(EPS)成長率や株価と連動していることが多いからである。もちろん、役員が保有している株価も上昇する。

 また、米国企業と株主にとって「いいことずくめ」だった自社株買いが「実は何も生み出していない」、いや、弊害さえ起こしているという批判すらある。世界で最も歴史のあるビジネス雑誌「ハーバード・ビジネス・レビュー」に掲載された論文、『繁栄なき利益』(その年のもっともすぐれた論文に選出)によると、自社株買いは企業の「イノベーション=技術革新」を衰退させているという。

 執筆したのはマサチューセッツ大学名誉教授のウィリアム・ラゾニック氏。同氏は前述したNHK番組に登場し、通信機器大手のシスコシステムズを例に挙げた。同社の研究開発費は、毎年おおむね6,000億円台。対して中国のファーウェイの研究開発費は年間1兆6,000億円あまり。約3倍の差である。「シスコシステムズは利益のほぼ全てを株価を上げるために使ってきました。でももしシスコシステムズが研究開発に力を注いでいれば、ファーウェイが5Gでここまで世界シェアを握ることはなかったのではないでしょうか」。「不幸なことに、アメリカの企業の多くが同じ道をたどっています。これは、もはや"アメリカ病"です」と手厳しい。

自社株買いで株価は値上がりしたか

 話を日本に戻そう。

 昨年(2019年度)の日本株の自社株買い上位10銘柄について、年間の株価騰落率を見ると、明らかに株価が値上がりした銘柄は、Zホールディング、野村総合研究所、ソニーの3社に過ぎず、3社は逆に下落、自社株買いによる値上がりを勘案した実質では5社が日経平均の上昇率を下回っている。(表1)

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 いっぽう、米国株の自社株買い上位10社について見ると、まずその規模が日本株に比して1桁大きいうえに、株価が下落した銘柄はなく、S&P平均の上昇率を下回った銘柄も3銘柄(実質騰落率では4銘柄)に過ぎない。(表2)

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「日本企業の自社株買いは株主還元に非ず」との主張には論拠あり

 以上から判断する限り、冒頭に掲げた「日本企業の自社株買いは株主還元とは言えない」という主張には一理ある。株価が値上がりするといっても一時的で、その後は低迷を続けるのがほとんどであると表1が物語っている。

 あろうことか、自社株買いで取得した株式を消却することなく、そのまま金庫株として保有するケースも増加している。日本企業が保有する金庫株の比率は19年度末には22.1兆円と発行済み株式の4%に達しているが、企業はこれを、

① 役員報酬

② 内部留保した手元資金の投資対象

③ M&Aの対価として譲り渡す原資

として多目的に活用しており、株主への利益還元を目的にしているとは到底思えない。経営者が経営戦略として株主に帰属する資金を勝手に流用しているとも言える。

 最近のコロナ禍下では、米国企業が過度な株主還元自粛に動いていることに反応して、日本企業も同様に自粛すべしとの主張も見られる。しかしながら、もともと株主に帰属する剰余金の配分を半分以下に抑えてきた日本企業には、そのように身勝手な主張を展開する資格はない。 

 ちなみに、日本取引所グループの清田瞭日本取引所グループCEOは、日本経済新聞でのインタビューに応えて「新型コロナウイルスの感染拡大を機に、世界的な株主第一主義からの変化は裏付けられる」との認識を示し「株価上昇を目的とした過剰な自社株買いなどには持続可能性がない」と指摘している。いっぽうで、「ROEの低下を招いた過去の日本企業に戻ることはないよう、投資の強化と配当などの株主還元が重要」と強調している(2020年5月26日付け日経紙P7{金融経済})。

 取引所のトップが株価に反応する自社株買いの抑制を唱え、配当増は是としているのには違和感を覚えるものの、日本企業のビヘビアーに徴すれば「なるほど」と納得できる発言である。

(日本個人投資家協会副理事長 岡部陽二)

(2020年9月1日発行、日本個人投資家協会機関誌「ジャイコミ」2020年9月号「投資の羅針盤」所収) 










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